3.AIちゃんがいなければ知らずに済んだこと
「さあ、模試の結果が返ってきたぞ~。各自のタブレットに結果の電子データが送信されているので確認するように。
この講師は模試の結果が返ってくるたびに優秀者を数名発表するとともに、拓斗をつるし上げる。いつものことだ。
拓斗が立ち上がった。立ち上がる場面ではないので、拓斗は教室中の注目を浴びることになった。
拓斗は何の感情も宿らない目でじっと講師を見つめて言った。
「先生。昨日AIちゃんに聞いたら、俺の人生真っ暗って言われました」
「AIちゃん?」
講師が眉をひそめる。教室にクスクス笑いが起こる。しかし、拓斗は続けた。
「AIちゃんがいなければ知らずに済んだことが、今では全部分かってしまいます。これまで曖昧なままでよかった物事が、AIちゃんによってどんどん明らかにされていきます」
講師の表情に困惑の色が差し始めた。拓斗の声色が、静かだがそれでいて力のこもったものだからだ。それなのに、拓斗の目にはやはり何の感情も感じられなかった。講師の困惑が恐怖に変わる。
教室中のクスクス笑いも止んでいた。
「AIちゃんを開発したのは頭の良い奴らです。そして、この受験勉強も頭の良い人間を育てるシステムです。この受験勉強で勝ち上がった者が、将来、おやじみたいにAIちゃんをより発展させるんだ」
「わかった。分かったから、座りなさい。そこまで世の中を分析する目があるなら、きっとお前も勉強すれば成績も上がっていくから」
拓斗は講師の言葉に興味を失ったというように顔を伏せ、無言で着席した。
――――拓斗は思い出していた。父親が家を去るときのこと。まだ幼い拓斗は泣きながら父に追いすがっていた。かび臭い実家の玄関先だった。「なんで行っちゃうの? 母ちゃん。母ちゃんも父ちゃんを引き止めてよ!」。そこで母親は言った。「いいんだよ。こんな凡人と短い間でも家族として暮らしてくれたことに、むしろ感謝しなけりゃ」。幼い拓斗には母親の言っていることの意味が分からなかった。いや、それは今でも分からない。拓斗の母親は自尊心が低く、どんなときも自らをとりまく不遇をすんなりと受け入れた。意味が分からない。「お前のような出来損ないの子どもを育てる暇は俺にはないんだ。失せろ」。父親が最後に残した言葉だ。
「拓斗、なんだかすごかったね」
恵美が気を遣うように声を潜めて言った。
拓斗は「はは」と笑って言った。
「なんか急に感情こもっちまって……すまねえな」
「ううん、謝ることじゃないよ。拓斗も辛いんだよね。ごめんね気づいてあげられなくて」
「僕が昨日、変な動画見せたからだよね……」
遥海が申し訳なさそうにうつむいて言う。
「いやいや、ちがうって。気にすんなって……」
しかし、ふたりは一向に申し訳なさげな雰囲気をまとうままだ。
「もう、こうなったら!」
そう言って、拓斗は二人の前に出た。
自らの額に人差し指を添え、目を閉じ、
「森に潜みし癒しの守護霊よ、心優しい彼らに安心を授けよ!」
スッと人差し指を二人の方へ向けた。
そんな拓斗の様子をまじまじ見つめる恵美と遥海だったが、こらえきれず「プフッ」と笑った。拓斗も表情をほころばせる。
「そ。それでいいんだよ。俺の問題だ。お前らが気を遣うことはねぇ」
そのとき、拓斗が「あ」と言ってポケットに手を入れ、スマホを取り出した。「電話だ」。
「いいよ、出て」
「すまねえな」
道の端に寄り、拓斗はスマホを耳に当てる。すると、拓斗の生気がみるみる抜けていった。スマホを耳に当てたまま、空間を見つめている。拓斗の瞳が揺らいでいる。
「拓斗、どうしたの?」
心配した恵美が問いかけたが、しばらく反応しない。しかし、突然はっとした様子で恵美の方を向き、かすれた声で言った。
「母ちゃんが、……死んだ」
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