第6話 黄色の似合わぬ君へ


「それ別に狸穴悪くなくね?」

「そーだよ、とばっちりだよ!」

「うんうん!」

 事情を聴いた彼等が見せた反応は、同情と義憤だった。

 特に被害者と同性である桐子と素直の怒りは強く、控えめな性格の素直は珍しく眦を吊り上げ、桐子に至っては顔も知らぬ男達の影でも見ているのか、異様にキレのある拳を振り抜いてシャドーボクシングをしていた。


「まぁあれだ、狸穴が悪いって訳じゃないって分かって安心したよ。」

「……やりすぎてるから悪くない訳じゃないんですけど。」

「ともかく。狸穴さえよければ俺達に教導してくれないか?」

「お願いします。」

「おねが~い!」

 話を聞いても変わらない意思に、百太郎は困ったような、嬉しいような複雑な気分だった。


「……わかりました。前向きに検討するけど、ギルドに確認とかも必要なので、返事はまた後ででいいですか?」

 自分が人にものを教えるなどちゃんと出来るか不安もあるが、彼等と仲良くなる切っ掛けになりそうなので、決して悪い話ではなかった。


「ああ、勿論。てか、俺等も通院があるから、どっちにしろ今週は忙しいからな。」

「大変だな。怪我は治ってるんだから、別にいーじゃんとか思うけどな。」

「まぁ、面倒だが、お医者さんの言うことは聞いとくべきだろう。」

「大丈夫になったら、あたし等とも潜ろーね!」

「二人も探索者なんですか?」

「そだよ~。最近は忙しくて全然潜れてないけどね~。」


 キーンコーンカーンコーン。


 昼食も食べ終え、話が盛り上がっていく最中、昼休み終了のチャイムが鳴る。


「おっと、そろそろ教室戻るか。」

「……教導の件、大丈夫か分かったらお伝えしますので、連絡先交換しましょう。」

「オッケー!」

「あ、じゃあついでにあたし達とも交換しよ。」


 楽し気に話す姿は、もうすでに十分仲の良い友人同士に見えた。




 ◇―――――――――――――――――――――――――――




 時間は進んで同週の土曜日。

 教導について問題なしのお墨付きを貰った百太郎は、早速ダンジョンへ行こうと正義達と待ち合わせしていた。


 そわそわした様子で駅前の犬だか猫だかよくわからない像の前で待つ百太郎。

 待ち合わせの時間は10時。

 今の時刻は9時。

 待ち合わせの一番乗りはこの男だ。


 その格好は学校の制服からダンジョン用の装備に変わっているため、普段の地味目な雰囲気から一転してド派手だった。規則上、流石に刀は専用のケースに仕舞われているが。

 何ともコスプレめいた格好ながらも、周囲の人々はそんな彼の格好に注目することなく、特段気にした様子を見せていない。

 時折チラリと見る人もいるが、大注目されるということはなかった。


 ダンジョンが飽和したこの時代、探索者はごく有り触れたもので、ダンジョン用装備で外を歩く者も少なくない。

 現に周りをざっと見渡しただけでも十人に一人くらいの割合で探索者らしき人が見えた。


「悪い、待たせたか?」

 待ち合わせ場所で、内心ウキウキ、外見ボーっと眠そうにしていると、最初にやってきたのは正義だった。

 百太郎程目立つものではないが、彼もまた全身ダンジョン装備を身に着け、メインウエポンである剣を収納したケースを肩から下げている。

 肘や膝などの要所要所をプロテクターで守護したその装備は、一言で言い表すとちょっと騎士っぽい特殊部隊員といったところか。

 背が高く、スマートな体型の正義には良く似合っていた。


「……大丈夫です。時間までまだ結構ありますよ。」

「ならよかった。

 しかし早いな狸穴。俺もかなり早目に出たつもりだったんだが。」

 今日を楽しみにしていたのは百太郎だけではなかった。

 新しい友人と遊べるというのも楽しみの一つだが、一番の要因は百太郎の指導が受けられることだ。


 正義は百太郎に小さな憧憬を抱いている。

 先日の戦闘は未だ正義の瞼の裏に焼き付いて離れない。

 強く、安心感のある背中は、同年齢だというのにとても大きく見えたものだ。


 そんな彼に教えを賜れるのだ、興奮しない訳がない。

 まるで幼い頃に戻ったかのような心持で、昨日は寝付くのに苦労したくらいだ。


「……たまたま早く起きたもので。」

 実のところ、今日集まる面々の中で一番浮かれているのは間違いなく百太郎だ。

 彼は自分がとっつきにくい性格であることを自覚しており、友達を作ることも苦手だ。

 友達と断言できるのは創とりんごだけであり、クラスメイトは話くらいはするものの、はっきり友人と言えるかは微妙だった。


 そこへ来て今回の機会だ。

 友達を増やすチャンスかもしれない。


(……がんばるぞ。)

 激強引っ込み思案少年は密かに燃えていた。


「今日はありがとうな。」

「……いえ、僕にもメリットのある話でしたので気にしないでください。」

「なぁ、そのメリットって――――。」

「ごっめーん!」

「……来たみたいですね。」

 声が聞こえてきた方に視線を向けると、桐子と素直が小走りで駆け寄ってくるのが見えた。


「ごめん、待った?」

「すいません、ゆっくりし過ぎちゃいました。」

「大丈夫、まだ集合時間前だよ。」

「……犬山君、ここは古き良きラブコメに習い、自分も今来たところだよ、と答えるべきでは?」

「なんでだよ。」

 様式美である。

 引っ込み思案は仲良くなるために頑張っているのだ。

 距離の詰め方がちょっとへたくそだが。


「んじゃ、出発するか。」

 ともあれ、全員揃ったところで彼等は歩き出した。



 ◇………………………………………………………………………



「狸穴君、今日は本当にありがとうございます。」

「ありがとねー。」

「……この間も言いましたが気にしないでください。僕にもメリットがありますから。」

 道すがら談笑しながら歩く彼等の雰囲気は、中々に良好だった。

 気安く、ほどほどに緩い空気は、引っ込み思案な百太郎でも和ませ、自然と会話を続かせた。傍目からは無表情にしか見えなかったが。


「さっき聞きそびれたけど、メリットがあるってどういうことなんだ?」

「……ああ。」

 正義の質問に、そういえば説明していなかったかと、百太郎が何でもないように答える。


「僕、今イエロー貰ってることは説明したと思いますが、この教導を受ければイエローからグリーンに減免してもらえるんです。」

 そう言って取り出したのは一枚のカード。

 百太郎の顔写真や名前、管理番号などが記載された名刺大のそれは探索者免許だ。

 注目すべき点は、カードを左右に両断するように真ん中を走る黄色のライン。違反者の証、イエローカードだった。


 いかなる場所、いかなる組織においても必ず規則というものが存在する。日本という国に住まう者に、日本国憲法を順守する義務があるように。

 そして規則を破った者は罰を受ける。順法精神の大小は人によるが、その認識は共通であろう。


 当然ながら探索者という枠組みの中にもルールがあり、それを破った者は免許の色で表される。


 違反なしはブルー。

 軽度の違反はグリーン。

 中度の違反はイエロー。

 重度の違反はオレンジ。

 免許停止はレッド。

 それ以上は免許剥奪で、大抵の場合は刑務所行きがセットとなっている。


 ほとんどの探索者はブルーだが、グリーンも少なくはない。イエローもそこそこいるが、ブルー・グリーンと比べると割合は大分少なくなる。

 オレンジ以上を目にすることは、日常ではほぼない。


「おお、本物のイエローカードだ。」

「イエローってどのくらいのことをしたら受けるんでしたっけ?」

「う~ん、講習会で聞いた時は、取り分で揉めて障害沙汰になった人がイエローになった事例があるって言ってたかな。」

「……そうですね。イエロー以上は大体暴力が絡んでることが多いらしいです。」

 初めて見るイエローカードに興味津々の様子。

 これが知らない人のものであれば忌避したかもしれないが、事情を知る百太郎のものであれば悪感情を抱くことはなく、もの珍しさだけが残った形だ。


「……皆さんは悪い人を見つけても半死半生になるまで殴っちゃダメですよ。」

「いや、お前ほど強くないから。」

「冗談ではなく、本当に。ダンジョンで訓練するなら、そこら辺気を付けておいた方がいいですよ。」

「あ、そっか。ダンジョンに潜るってなると、いずれそうなる可能性もあるのかぁ。」

「そこまで行けるとは思わないけどね……。」

「……まぁ、そのくらいになったらギルドから話が行くと思いますので、今から気にしなくてもいいんですけどね。」

「あ、見えてきたよ。」

 なんだかんだ話しながら歩いていると、遠くに目的の建物が見えてきた。



 ◇………………………………………………………………………


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