第2話『勝ち組』になれば幸せだと思っていたあの頃

 というわけで帰宅した。


 メルちゃん様の自宅は豪邸だ。


 パパさんは質素な家を好んだが、魔王を倒した勇者の家が貧相ではみっともないということで、国王に恥をかかせないためにこんな家になったそうだ。


 国王の一人娘との結婚を断った引け目があったのか、パパさんは渋々承諾したとかなんとか。


 この広い家の家事はほとんどメイドたちが行っていた。


 メイドたちのリーダーは、無駄に貫禄のある婆さんだった。



 外で汚れた体をメイドに洗ってもらってさっぱりした。


 本当はメルちゃん様に洗われるのが一番気持ちよかったが、今はご主人様も疲れているからな。

 我慢だ、我慢。



 犬用の飯は相変わらず不味かったが、腹は膨れた。


 メルちゃん様もお昼を食べて満足したらしい。

 瞼が重そうだ。


 パパさんはうとうとしている娘に唇を綻ばせた。


「おねんねして来る?」

「ん……マオー、いこー」


 おれはご主人様の命に従い、彼女の自室に向う。



 メルちゃん様のお部屋は、お姫様みたいな部屋だった。

 女児向け玩具のコーナーで見たドールハウスの一室がこんなだったか。


 ベッドは天蓋付きだ。

 下品で悪いが、初めて見た時はラブホを思い出した。


「マオー、一緒に寝ようね」

「わふっ!」


 ご主人様のベッドに体を滑り込ませた。

 清潔な匂いがする。


 これまで色んな女と一緒に寝て来たが、メルちゃん様は圧倒的最年少だ。


 同衾した女には既婚者もいたし未婚でも彼氏有りもいた。


 色んな奴からクズとかヤリチンとなじられたが、誘って来たのは全部あっちだ。

 おれはフリーだと思っていたからな。


 なじって来たのは9割方男だった。

 おれに女を取られた負け犬共。


 ……なんて、ガチ子犬になったおれに「犬」扱いされるのはさすがに酷か。


「マオー、あったかい」


 メルちゃん様にぎゅっと抱きしめられた。

 大人の女とは別の柔らかさに心から安堵した。


 数も忘れたくらい女を抱いたけど、ご主人様が一番だ。


 小さな手でナデナデされると、途方もない幸福を覚える。


 おれはこの瞬間のために生きているんだ。



 純愛ソングに共感したことはなかった。

 流行っている曲も全部嫌いだった。


『彼女と出会うためにこの世界に生まれて来た』


 前にいた世界で飽きる程に聞いた曲のサビ。

 今なら理解できる。


 たくさんの女から愛されたのに、誰も選べなかった。

 誰も愛せなかった。


 すべてはこの世界にやって来て、メルちゃん様にすべてを捧げるためのプロローグだったのだ。


 ご主人様の寝顔を見ながら考える。



 ああ。幸せだ。


 人間やめて、幸せだ。




 ※※※



 自分がモテると認識したのは、中学校に上がるか上がらないかの頃だった。


 その頃、おれの周りの男達は女のことばかり考えていた。


 頭の中に脳みそじゃなくて精子でも詰まってんじゃないかってくらい、毎日女の話ばかりしていた。


 周りに話を合わせていたけど、どうでもいいと思っていた。


 女という生き物は男より勘が鋭く、また、熱心に追って来るより自分を見ない男が好きな性質らしい。

 そして女は不思議なもので、自分を大切にしてくれる男より多少邪険にして来る男に夢中になる。


 おれは何人もの女に言い寄られた。


 人並みに性欲はあったものだから、言い寄って来る女たちを利用した。


 常に女の匂いを纏わせていたせいか、思春期になると男から嫌われ始めた。

 いじめて来た奴なんかもいた。


 男の嫉妬は醜い。

 嫉妬しているのを認めたがらないのが、一番、醜い。


 モテない事実とやり場のない性欲をおれへの攻撃に昇華すんなよ。

 むしゃくしゃしたのでそいつら全員に勝つことにした。



 勉強とスポーツに精を出した。

 体を鍛えた。


 いい大学に入り、名の知れた企業に勤めた。

 社会人になってからも資格の取得だの自己研鑽を続けた。


 努力が認められ、昇進した。

 年収は1000万以上になった。

 株や不動産もしていたので稼ぎはもっと多かった。


 新築マンションも、車も買った。

 スーツはブランドもののオーダーメイド。

 靴も時計も、家財道具も一級品を揃えた。


 満足だけは買えなかった。



 社会人になってからは学生の時より女にモテた。


 結婚適齢期になってからは、一層。


 結婚を考える女は、金を持っている男が好きだ。

 もっと言えば、少額だろうと「自分に金を使ってくれる男」が好きだ。

 雌としての本能だろう。


 おれは惜しまず女に金を使っていた。

 体を鍛えることと似た感覚だった。


 どちらも等しく男としての自信をつけさせた。


 女は性欲の発散と、自信を得るための道具だった。



 相変わらず男からは嫌われる人生だったが、おれの方が勝ち組だったので気にしなかった。


 いや、本心では気にしていたのだろう。

 だから毎日深夜まで残業して、休日も持ち帰り仕事をするような働き方をしてしまった。


 一人でも多くの女から愛されるために「理想の男」を演じてしまった。


 いつの間にか虚しさと心身への負担が募り、ある日……深夜のメトロに飛び込んだ。



 線路に落ちて行く体をスローモーションで感じながら「あ、おれ、限界だったんだな」と、気がついた。


 今さら気づいた自分を笑いたいのに、笑う元気すらなかった。


 心は麻痺し、思考は冷蔵庫で保存しているカレーみたいにどろりと固まっていた。



 馬鹿な人生を送ってしまった。



 生まれ変わったら、「勝ち組」なんてどうでもいい。



 幸せになりたい。



 何が幸せなのかはわからないけど。


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