とある言語にまつわる話
牧田紗矢乃
とある言語にまつわる話
最近、読書の幅を広げたくて本の感想を共有できるサイトに登録してみたんです。
そこはかなり活気のあるサイトで、賞を取った話題作はもちろんのこと、専門書や資格関係のテキストや街角で配られているような怪しげな宗教勧誘の冊子まで「本」という体裁を取っているものなら何でも読んだ感想を書き込めるようでした。
膨大な量の感想の中からまだ読んだことのない面白そうな本を探す作業は、宝探しのようでとても楽しかったです。
その中でもひときわ目を引いたのは、「目のない言語」という専門書でした。
アマゾンの奥地に住む、とある部族の言語を研究しているチームが書いた本です。
本の感想によると、その部族の言語には「目」を意味する言葉がないんだそうです。
読んだ人は、何か特殊な事情で「目」という組織そのものを持っていない一族が生まれて、目という概念がないから目を表す言語も存在しないのかと思ったようですが、そんなことはありませんでした。
見た目はどうやら「アマゾンに暮らす部族」と聞いて我々が思い浮かべる人たちとさして変わらないようです。
ならば彼らはどうやって目を表現するのかというと、「あれ」や「これ」という風にぼかしてみたり、それでも伝わらない時には「まゆの下」と呼ぶらしいです。
でも、奇妙ですよね。
目の上の一部だけ毛の色が違って眉毛のように見える動物はいますが、きちんと独立した形で眉毛があるのは人間くらいですから。
じゃあ動物の目は別の呼び方をするのかといえば、そうではない。
やっぱり「まゆの下」と呼ぶんだそうです。
「まだまだ謎の多い言語なので明確な結論は出ていないが、早く研究が進んで続刊が出て欲しい」という一文でその感想は締められていました。
これは絶対に読みたい。
そう思っていろいろと調べてみたのですが、そもそも「目のない言語」という本が発行されたという情報が見つからないんです。
論文のタイトルかもしれないと思ってそちらも探しましたが、該当するものは見つからず。
サイトを改めて確認しようと開いてみると、例の感想を書いた人は退会してしまったようで「ページがみつかりません」と表示されました。
ここまで色々なことが重なると、少し怖くなってしまいました。
それでも興味の方が勝ったので来る日も来る日も「目のない言語」について調べていました。
そんなある日、とある個人ブログを見付けたんです。
「奇書ハンター」を自称している人で、感想共有サイトでも見かけなかったような本もたくさん持っているようでした。
そのブログの数年前の記事に、「目のない言語」と思わしき本が登場していたんです。
アマゾンの奥地に住む部族の言語についての研究論文で、特徴の一つに「目」を表す単語がないことが挙げられているという内容も一致していました。
ただ、タイトルだけが違っていて「まゆの下の秘密」という題で紹介されていました。
その本の中の一章が「目のない言語」だったのです。
どうやら、発行部数がとても少ない上、根拠となる他の文献が存在しないために奇書と呼ばれているようです。
そして、他の章では目の他にも「そのもの」を表す単語が存在しないものがあると述べられています。
それがとある昆虫の
一般的な虫であれば呼び名がついているようなのですが、蛾の仲間――日本で言うところのメダマガの一種に関してだけはそれを蛹とは呼ばないのだそうです。
そして、その代わりの呼称が「まゆの下」。
でも、奇妙なんですよね。
蛾の蛹がいるのは繭の中のはず。
なのに、「まゆの下」なんですって。
筆者は奇妙な一致に興味を持ち、お土産としてそのメダマガの繭を持ち帰ったようですが、その中に何が入っていたのかは明らかにされないまま本文は終了しているようです。
皆さん、その中身は何だと思いますか?
とある言語にまつわる話 牧田紗矢乃 @makita_sayano
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