マグロ
機村械人
マグロ
はじめまして。
■■の紹介で参りました、××です。
本日は、よろしくお願いします。
……はい、では、そろそろ、本題に。
私、都内で働くOLなんですけど、通勤の際に電車を利用していまして。
これは、その日の帰りの電車で起こった事なんです。
座席に腰掛け、仕事の疲れから少しボーっとしっていたんですが、ふと、電車のドアの上に設置されたデジタルサイネージが目について。
デジタルサイネージ。
ええ、あの、CMとかニュースとかが流れている電子パネルです。
その時、視界に入ったのは、駅構内での駅員に対する暴力行為を注意するアニメ映像でした。
それを見て……あれ? 何あれ? って。
そのアニメ映像の背景に、変な人物が描かれていたんです。
映像の中心は、ポップに描かれた駅員さんと酔っ払ったサラリーマンの姿。
背景は、駅の構内。
その構内のベンチに腰掛けるようにして、髪の長い女性がいました。
黒くて長い髪に、フェミニンな服装、細長い体格。
そこまでは普通なのですが……その顔の色が、真っ青なんです。
ブルーベリーのような、少し黒みがかった青……というべきか。
両目は塗り潰したように黒くて、小さな唇も真っ黒。
こちらを見て、笑みを浮かべているように見えます。
明らかに異質……というか、画風に合わない人物が描かれていて、何だか気味が悪いなって、そう思ったんです。
そこで、気付きました。
アニメ映像が、いつまで経っても変化しません。
止まっている?
故障?
そう思った瞬間でした。
画面の中で、その女性がベンチから立ち上がりました。
ゆっくり、ゆっくり、こちらに……画面側に近付いてきます。
駅の構内を、もめている駅員さんと酔っ払いサラリーマンも越えて、真っ直ぐ、こちらに向かって、どんどん、大きくなっていく。
そこまで来て、私、やっと、あ、やばい、って気付いて。
でも、体が動かない。
身動きが取れません。
その間にも、女はどんどん近付いてくる。
……やがて、画面いっぱいにその女の真っ青な顔が浮かぶ距離まで近付きました。
私は震えながら、視線を移動させました。
気付けば、その車両には自分以外誰もいない。
そして、車両内の全てのデジタルサイネージが、その女の顔で埋め尽くされて……。
それどころじゃない。
窓ガラスも、窓ガラスも全て、同じ顔。
真っ青な顔。
顔、顔、顔。
角度も大きさも違うけど、全ての目が、真っ黒な目が、真っ白な目が、自分を見て、黒い唇が小さく笑っていて。
………あっ。
す、すいません、ちょっと、お水をいただきます。
………ふぅ。
……ありがとうございます、大丈夫です、続けますね。
私は、真っ青な女の顔に囲まれた車両の中で、ただひたすら『逃げたい』と念じました。
逃げたい。
ここから早く、逃がして。
その瞬間、体が動いたんです。
私は無我夢中で、一番近くのドアに向かいました。
次の駅は? まだ?
錯乱して、走行中だというのに、ドアを必死で開けようとしました。
早く、早く、早く、早く。
早く駅に着いて――。
『何やってんだ、アンタ!』
不意に、怒鳴り声が響き、私はハッとしました。
気が付くと、車両内は元に戻っていました。
先程まで消えていた他の乗客達がおり、デジタルサイネージも窓も、普通に戻っている。
私はドアの前に立ち、自分を見詰める他の乗客達に呆けた顔を向けます。
話を聞くと、どうやらいきなり座席から立ち上がった私は、緊急停止ボタンを押して電車のドアを必死に開けようとしていたのだそうで。
結局、あの現象を目にしたのは私だけだったようで。
多くの人達に迷惑を掛けて、結局、フラフラとそのまま家に帰る事になりました。
………。
それで。
家に帰った後、私、何となく思ったんです。
思ったというか、気付いたというか。
もしかして、あのデジタルサイネージに写っていた女は……かつて、あの電車に轢かれて死んだ人なんじゃないか、って。
ええ、そう……いわゆる、飛び込み自殺者。
もしかしたら、電車に飛び込んで死んだ人が、電車に取り憑いてたんじゃないかって。
そして、私みたいに存在に気付いた人間を、同じように引きずり込もうとしたんじゃないかっ……て。
……あれ以来、私、電車に乗る時はイヤホンをして視線を絶対に上げないようにしています。
もし、またデジタルサイネージが目に入って。
また、あの女が見えたら……。
いや、きっと、私が見たら、あの女は絶対に映っています。
私がもう一度自分を見るのを、今か今かと待ち構えてるに決まっています。
……今度は、逃げられないような気がします。
(2023年5月26日、都内某所。知人を通じ紹介された、とある女性ヘのインタビューより。尚、話の中に出てきた、彼女が利用している都営線では、年間200件を越える線路への飛び込み事件が記録されているらしい)
マグロ 機村械人 @kimura_kaito
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