世直し夫婦旅?! ~離婚は秒読み、とはいえ悪は成敗します~
みささぎかなめ
第1話
「地方管理官ゲラルド! 民のため身を粉にして働かなければならない地位をいただいておきながら! その立場を利用し民を苦しめたその悪行、私が許しません! 商人ギルドと手を組み不当な重税で民を苦しめたこと、すでに証拠はそろっています!」
ユスティナの声が重苦しい空気を切り裂いた。周囲のざわめきが止まり、全員が固唾をのんで彼女を見つめる。
ユスティナの視線は、群衆から少し離れた場所に立つ肥満体の男――この街を統治する地方管理官ゲラルドに向けられていた。
その周りには、彼と共に甘い汁を吸っていた商人たちが侍っている。
「それがどうしたというのだ?」
「恥を知りなさい! 罪を認め、王の元へ自ら出頭するのです!」
ゲラルドは、ユスティナの言葉に眉をひそめ嘲るような笑いを浮かべた。
「ほお? 貴様のような小娘が、この私に説教か? 身の程知らずとはこのことだな!」
控えていたゲラルド配下の屈強な兵士たちが、ユスティナを囲むように立ち並ぶ。
彼らの手には剣や槍が握られており、主の命をただ待つばかりとなった。
しかし、ユスティナは怯まない。
彼女の瞳には、怒りと正義感が宿っていた。
「もはや、これまでよ! 民を苦しめ私腹を肥やす貴様のような輩は、ユスティナ・フォン・ブラウンスベルクの名にかけて決して許しません!」
ユスティナは腰に帯びた剣に手をかけた。
それは装飾品としてではなく、悪を断つための武器として、常に彼女と共にあった小剣だ。
「笑わせる! 小娘の分際で……」
ゲラルドが言い終わる前に、ユスティナの剣が鞘から引き抜かれた。
鋭い輝きを放つ剣は、まるでユスティナの怒りを象徴しているかのようだ。
「この地で声をあげたのが間違いだったな! か弱き小娘一匹、ここで口を塞いでしまえば何事にもならない! 辺境伯だろうが、死人から証言は得られないのだからな! 殺せ殺せ! 殺してしまえ!」
兵士たちが一斉にユスティナに襲いかかる。
剣や槍がユスティナに迫るが、彼女は冷静に兵士たちの動きを見極めた。悪事の中心人物であるゲラルドをおさえてしまえば、そこで勝ちだと分かっていた。
飛んで来る攻撃をひらひらとかわしながら、なんとかゲラルドとの距離を縮めようと走る。
しかし、多勢に無勢。ゲラルドへの道は開かれず、それどころか徐々に追い詰められていく。
その時。
「ユスティナ! 伏せろ!」
怒号とともに、一人の男が戦場に割って入った。ユスティナに向いていた剣を軽々となぎ払い、兵士数人をまとめて吹き飛ばす。
ウォルフ・フォン・ブラウンスベルク。
彼はユスティナの夫であり、そして一騎当千の武者として広く知られるブラウンスベルク家の跡継ぎだ。
彼の登場に、兵士たちは動揺の色を見せる。
「ウォルフ! 遅いわよ!」
ユスティナは、口をとがらせて文句を言いつつも、彼の登場に安堵の表情を浮かべた。
ウォルフがユスティナを守るように立ちふさがり、兵士たちに剣を向ける。
その眼光は鋭く、兵士たちは焦ったようにじりじりと後退した。
「悪事に手を染め民を苦しめたばかりか、我が妻に手を出すとは……。……許さん!」
ウォルフの言葉と同時に、彼の剣が唸りを上げた。
兵士たちは、ウォルフの圧倒的な強さに翻弄される。
剣戟が交差し、火花が散った。
ウォルフの剣は兵士たちの武器を次々と弾き飛ばし、鎧を切り裂いていく。
「ええい、化け物か!」
ゲラルドは、ウォルフの強さに震え上がる。
兵士たちが次々と倒れていくのを見て、彼は恐怖に顔を引きつらせた。
あらかたの兵士たちを蹴散らし、ウォルフはユスティナの元へ駆け寄る。
「ユスティナ、無事か?」
「ええ、ウォルフ。ありがとうございます」
ユスティナは、乱れてしまったドレスの裾をきちんと直し、悠然と微笑みを浮かべた。
「さあ、最後の詰めといきましょう」
ウォルフは頷き、残った兵士たちに殺気を叩きつける。
兵士たちは、ウォルフの圧倒的な存在感に、もはや戦う気力を失っていた。
二人の行く道が自然と開けていく。
ユスティナとウォルフがついにゲラルドの前に立った。
彼と共に悪事を働いていた商人や兵士たちも平伏する。
ゲラルドは兵士たちが自分を見捨てたと察し、膝から崩れ落ちた。
「お、お許しを…… わたくしは……」
しかし、ウォルフの表情は冷たい。
「貴様の罪は、民を苦しめたことだ。決して許されるものではない」
ウォルフの剣が、ゲラルドの首元に突きつけられる。
「お、お助け……」
ゲラルドの言葉は、ウォルフの剣によって遮られた。
彼の剣が勢いよくゲラルドの側の床を抉ってみせたのだ。
あまりの圧倒的な力に、ゲラルドは白目をむいて失神する。
そして、悪は成敗された。
その帰り道。
「あれほど言ったのに、どうして一人で乗り込んだのだ……!」
ウォルフは、ユスティナに詰め寄った。彼の顔は、怒りと心配で歪んでいる。
「だって、あのタイミングでなければ逃げられていました! 民が虐げられていたんですよ! どうしても放っておけなかったんだもの!」
ユスティナは悪徳管理官の所業を思い出し反論した。
彼女の目には、正義の炎が燃え上がっている。
「分かっている。だが、危険すぎた! 少しは自分の身も案じてくれ!」
ウォルフは、ユスティナの無鉄砲さに呆れながらも、彼女を心配する気持ちを抑えられなかった。
お小言が増えている自覚はあったが、何度言い聞かせようとも、目の前の妻は一人で走っていってしまう。
もちろん上手くやるだろうことは分かっていたが、それでも心配する気持ちが膨れ上がるのだから仕方ない。
「わざわざ助けに来なくてもよろしかったのに」
ユスティナは、少し拗ねたように言った。
彼女は、ウォルフに助けられたことを感謝しつつも、自分の力不足を感じていたのだ。知略で追い詰めたとしても、荒事になるとどうしても勝てない歯がゆさがある。
「はぁ……。相変わらず、勢いだけは良いのだな、我が妻殿は……」
ウォルフは、ユスティナの言葉に苦笑した。
彼女の正義感は素晴らしいが、いつも危険な場所に飛び込んでいくため、目が離せない。この旅で、何度も経験し実感したことだ。
「あのねえ! そこまで言うのなら、さっさと離婚届に署名をお願いしますわ!」
ユスティナは、ウォルフの皮肉に反発し、離婚届の話題を持ち出した。
「……」
ウォルフは、むっつりと口を閉ざす。
彼はユスティナの気持ちを理解していたが、彼女を一人で危険な目に遭わせることはできないと思っていた。
とはいえである。
黙ってしまったウォルフを見上げ、ユスティナが歩み寄った。
「……ありがとう、ウォルフ。正直、少し危なかったから、助かりました」
「……ああ」
ウォルフは、目をそらしつつも、耳を赤くして答えた。
「さあ、この街の悪の脅威は去ったわね! それじゃあ次の場所へ向かうわよ! さあて、次はどんな事があるのかしら」
ユスティナは、満面の笑みを浮かべて真っすぐな道を指差した。
彼女の瞳は、新たな旅先への期待に輝いている。
「な……。君はまた勝手に! ちょっとはおとなしくしたらどうなんだ?!」
ウォルフが呆れたように声をあげる。
彼女の行動力にはいつも驚かされるばかりだ。
「あら、別についてこなくても結構ですわよ旦那様」
ユスティナは、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
彼女は、ウォルフが心配性であることを知っているのだ。
颯爽と歩き出すユスティナを、ウォルフは慌てて追いかける。
「一体どうしてこんなことに……」
ウォルフは、ユスティナの背中を見つめながら呟いた。
本当に、なぜ辺境伯の若夫婦がこんな旅を続けているのか。
それは――。
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