第2話 ようこそ、魔術師候補生


体育館に着くと、また例の見慣れないチャイムが響いた。

さっきの教頭が壇上に立ち、会場が静まり返る。


「これから適性検査を行います。各自、番号札を受け取り、自分の番号が呼ばれるまで待機してください。」


番号札。

ただの紙切れなのに、なぜか心臓がドクンと鳴った。

私の手元に渡されたのは、045と書かれた札。

大した意味はない番号、そう思ってるのに、

何か運命めいたものを感じる自分がいて、ちょっと笑えてきた。


体育館の中、ざわめきが続く。

緊張して黙り込む子。

逆にテンションが上がってふざけ合う子。

じっと目を閉じ、深呼吸を繰り返す子。

魔術師コース希望の彼女――さっきの子も、向こうで誰かと話しているのが見えた。

私とは違って、きっと社交的で、順応できるタイプだろうな。


「番号、30番までの者は前へ。」

教頭の声でざわめきが薄まる。

あと15人。

落ち着こうと思えば思うほど、逆に心がそわそわしてきた。


――私は、何をしたいんだろう。

ほんの少しだけ、そんな疑問が胸の奥をかすめた。


でも、答えは出ない。

今はまだ、目の前の番号を呼ばれるその瞬間まで、ただ待つしかなかった。


番号が順に呼ばれ、私は静かに列に並ぶ。

体育館の奥、パーテーションで区切られた向こう側から、

身長計や体重計、何やら簡易的な測定器が見えた。

どうやら、まずは身体測定らしい。


「045番の方、こちらへ。」

ついに私の番だ。

息を小さく吸い込み、緊張を顔に出さないよう気をつけながら、

指示された場所へ向かう。


――身長、体重、視力、聴力、反射神経。

淡々と進む項目。

でも、ところどころ普通じゃない測定器が混じっていて、

(例えば、軽く魔力を流して反応を見る装置とか、

心拍に応じて気の流れを測るらしい謎の筒とか)

思わず「へえ……」と感心してしまう瞬間があった。


終わると次は健康診断。

問診票を提出し、簡単な質問に答え、

さらっと聴診器を当てられて終了。

本当に普通の学校と変わらない流れ。


学力調査は、試験用紙を渡され、黙々と解く。

国語、数学、英語、歴史、一般常識。

ここだけは何だか現実味があって、

「いや、もうちょっと準備してくればよかった」と内心後悔した。


最後に面談。

机を挟んで座る相手は、

最初に見た教卓の先生らしき人だった。


「――なるほど、魔術師コース希望、と。」

資料に目を通し、少し頷く先生。

「身体測定・健康診断・学力、どれも平均ライン。

あとは……君自身のことを、少し聞いてもいいかな?」


「はい。」

私は背筋を正し、

どこか不思議な緊張感を感じながら、面談に臨んだ。


「魔術師コースを選んだ理由は?」

先生が優しく問いかける。


「……なんとなくです。」

私は少し恥ずかしくなりながら、正直に答えた。

本当はもう少し気の利いたことを言った方が良かったのかもしれないけど、

見栄を張ったところで、たぶんバレるだろうなと思った。


先生は口元を緩めて笑い、

「なるほど。いいと思うよ。」と一言。


その後、いくつかの質問が続いた。

「健康状態で気になることは?」

「人間関係はどう?」

「緊張している?」

どれも穏やかな口調で、まるで深刻さはない。

質問に答えているうちに、私の肩の力は自然と抜けていった。


「はい、これで面談は終了です。お疲れさまでした。」

先生は立ち上がり、書類を軽くまとめる。


「……これで全部ですか?」

思わず確認すると、先生は笑顔でうなずいた。


「そう、これで終わり。あとは結果を待つだけ。」


私は深く息をつき、

「ありがとうございました」と会釈して席を立った。

教室に戻る途中、

ふと心が少し軽くなっていることに気づき、

なんだか不思議な気分になった。



面談が終わって教室に戻ると、

掲示板に「適性検査 結果発表」と大きく書かれた紙が貼り出されていた。

驚いたことに、結果はすぐ出るらしい。


私は自分の番号を探し、魔術師コースの欄に045を見つける。

ほっと胸をなで下ろし、指定された教室へ向かった。


新たな教室は、静かで少し緊張感が漂っていた。

中に入ると、すでに何人かが席についていて、

私はそっと空いている席に腰を下ろした。


「――やっぱり一緒だ!」


隣の席から明るい声がして、顔を向けると、

そこにはさっき話しかけてきた、あの彼女がいた。

小柄で、人懐っこい笑顔がこぼれている。


「やっぱりって……そんな予感でもあったの?」

思わず苦笑すると、彼女は元気よくうん、と頷く。


「うん!だって、なんか雰囲気似てる気がしたんだよね!」


私はちょっとだけ照れくさい気持ちになりながら、

「そっか」と短く答えた。

でも内心、

――なんだか、これからの学校生活、悪くないかもな。

そんな気がしていた。


「そういえば、名前まだ言ってなかったね。私は志田瑞樹。よろしく。」

始めての友達にニコッと笑顔を見せると

「武川華澄よ。よろしくね瑞樹!」

そう言って笑い返してくれた。


そのまま談笑に花が咲きそうだったが、ガラガラと教室の扉が開く音で私たちは向き直った。

「私がこのクラスの担当になった焼津だ。よろしく。」

さっきまで、誘導してくれてた人が担当になるらしい。キリッとしてて少し怖そうな印象を受けたのか、さっきまでの緩い雰囲気と打って変わってクラスの空気はピシッとなった。

「早速だが、今後の授業について説明する。選択するところもあるので、聞き逃さないように。はい、じゃこれから名前を呼びますので

、支給されるここで使用できる端末機を渡します。貴重な物だから絶対無くさないように。」

そう言って渡されたのはスマホに似たような携帯端末だった。


「番号と名前を確認して、間違いがないかすぐチェックするように。」

焼津先生は淡々と、でもきっちりした口調で配り始めた。


私の元にもすぐに端末が回ってきた。

「045、志田瑞樹。」

「はい。」と答えて受け取る。

見た目は本当にスマホそのものだけど、よく見ると余計なボタンはなく、

シンプルで無駄のないデザイン。画面には私の名前と写真がすでに登録されていて、

「適正:魔術師コース」と表示されていた。


「へえ、これが噂の端末か……」

小声でつぶやくと、隣の華澄も興味津々で覗き込んでくる。

「すごい、すでに顔写真まで入ってるんだね。なんか本格的~。」

「ほんとだよね。」


全員に端末が行き渡ると、焼津先生が話を続けた。

「この端末は、授業のスケジュール確認、課題提出、

異世界フィールドでの緊急連絡用など、様々な用途に使う。

絶対に手放さないように。」


クラス全員が緊張した面持ちで頷く。


「さて――では次の時間は、さっそく初回のオリエンテーションとして、

端末の使い方と、魔術師コースの基礎説明を行う。資料は端末内に送信済みだ。

ロビーに移動する、5分後に整列!」


号令がかかり、ザワザワとした空気が一気に慌ただしくなった。


私は端末を手に立ち上がり、ちらっと華澄を見ると、

「いよいよって感じだね。」と笑いながら声をかけてくる。

「うん……なんか急に現実味出てきた。」


二人で小さく笑い合い、流れに乗ってロビーへと歩き出した。

胸の奥が、少しだけ高鳴っているのを感じながら。


――そのとき、ふと背中に奇妙な視線を感じて振り返った。

でも、そこにはただクラスメイトたちが談笑しながら歩いているだけ。

……気のせい、だよね? そう思い直して首を横に振り、

私はもう一度、前を向いた。


それでも、ほんの一瞬――

教室の片隅で、じっとこちらを見つめる視線があったような気がして、

なぜか心の奥が少しだけ、ざわついていた。

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