第24話(最終話)

 例のファミレスへ立ち寄り、グラスを掲げて乾杯をする。その意味は特にないしアルコールでも無いが、まさに気分的に。

「あー、恥ずかしかった」

 普段クラスで目立った行動を取った事は無く、注目を集めるのは苦手な方。そう考えると沙紀さんは、よくプロの大会に出場出来るな。

「本当に辛い事って何か知ってるか」

 今までずっと無言だった聡が、ようやく口を開く。これもやはり突っ込みたくはなく、耳を傾けたくもない。

「ずっとクラスで大人しくしてた奴が、突然自分の恥を晒す事だ」

「嘘は言ってないんだから、平気平気」

 よっちゃんは気楽に請け合い、丼鉢パフェの端から食べ進めている。私も今は、甘い物を心ゆくまで食べたい気分だ。

「それに魔狼の過去を明かした訳でもなし。私なんて自分の絵を笑われたのよ。それはどうなのよ」

 クラスメートは誰1人として、よっちゃんの絵を笑いはしていない。ただ恐怖を感じただけだ。とは言わず、空になった彼女のグラスにオレンジジュースを注いで戻ってくる。

「全く。で、あれで一件落着なの?」

「だと思う。そうだよね」

「さっきのあれで文句を付ける奴がいたら、そいつは間違いなく袋叩きだ。そこまで勇気のある奴は、あの場にはいないだろ」

 仮にいるとしたら、ここにいる3人という訳か。そして私達にその意思がない以上、この問題は解決したと言って良い。

「なんだか、気が抜けた」

 そう呟き、ソファーへ深くもたれる。人ごととはいえトラブルを目の当たりにするのはストレスがたまるし、それがすぐに解決しないとなればなおさらだ。

 後は帰って、のんびりと……。

 いや、違う。

 私が求めていたのは「いいね」の意味で、「つまんね」の意味を明らかにする事では無い。

「どしたの?」

「何も解決してないと思って。私の疑問は」

「疑問? ……ああ、いいねがどうこうって話」

 どうでも良いとは言わないが、よっちゃんはそれ以上関心を示さない。それより今は、丼鉢カフェに夢中のようだ。

「まあ、いいか。ただ私の絵を見てドングリのアカウントに気付いた人もいるだろうし、このアカウントはどうしようかな」

「足を洗え、堅気になれ」

「別にやましい事はしてないけどね」

 今時の若者というくくりで言えば、むしろ縁遠い方。とはいえ長くSNSに触れていたからといって、「いいね」の意味が分かると思えない。

 そもそも意味があるのかという疑問もあるが。

「でも僕は、魔狼復活で締めると思ってたんですけどね」

 ICレコーダー片手に、瑞樹君がそう呟いた。それはよっちゃんが彼に渡した物で、教室に持ち込んでいたらしい。

「締めるか。というか、何だよそれは」

「魔狼復活配信記念の時に使えると思って」

「これだ。ネットに毒された人間の発想はこれだ」

「でも初めはノイズ音で、それに被さるようにしてこの音声。次いで過去の配信画像が少しずつ現れて。なんて演出も良いと思いませんか」

 瑞樹君の言葉に、びくりと揺れる聡。誰が一番毒されてるかと言って、この人では無いだろうか。


 スマホを取り出し、改めて過去の投稿をチェックする。依然として「いいね」は送られてきて、ただ殆どはイラストに対して。ドングリや松ぼっくりはそのついでと言った感じで、コメントも無い。

「よっちゃんはやらないの?」

「あの騒ぎがあった後で? どして?」

「敢えて、みたいな話」

「それは魔狼に任せる」

「俺はやらんぞ」

 2人はあっさりと却下し、私もこれ以上はという気もある。ただ、このままで良いのかとも思うが。

「熱田君は、SNSや動画配信やってるの?」

「動画配信はやってないですが、SNSは普通にやってますよ」

「普通?」

「逆にやってない高校生の方が、珍しいのでは」

 そう指摘されて店内を見渡すと、周りにいる客は彼の言う通り料理や自分自身を撮影している。それは中高生風の客だけで無く、結構年配の人もだ。

「私達って、結構時代遅れ?」

「そこまでは言いませんが。今回のトラブル込みで、SNSみたいなところもありますから」

「さすが若いね」

「一才しか変わりませんよ」

 あっさりと切り返された。こうなると、ちょっと焦りも出てくるな。

「よっちゃんはどう思う?」

「時代遅れ結構。私は自分がよければそれでよし。自分自身に、いいねだよ」

「どういう意味?」

「勢いで言った事に突っ込まれても困る」

 それこそ彼女らしい答えに、少し笑う。私も、そのくらい気楽になって考えた方が良いのかな。

「取りあえず保留。アカウントは消さないけど、投稿は一旦止める」

 そう告げて、野菜ジュースを一気飲みする。

 今日は色々あって疲れたし、ただ多少の達成感もある。今は何も考えず、ゆっくりと休みたい。


  

 

エピローグ


 週末。駅前に向かうと、ロータリーの時計台前に立っていた聡が私を見て手を挙げてきた。私も軽く手を挙げてそれに応え、淡いピンクのプリーツスカートを翻しつつ彼の前に立つ。

「お待たせ」

「まだ、待ち合わせ時間前だ」

 聡はそう言って、スマホに表示された時計を見せてきた。相変わらず、こういう使い方しかしてないな。

「で、それはなんだ」

 あくまでも聡の追求は止まらない。何の事かと思い、頭に手を当てて考える。でもって、そこで気付く。

「ああ、これの事」

 私が被っているのは茶のベレー帽で、これは少々気合いを入れすぎた気もする。

「ドングリリスペクトか」

「……ああ、似てるね。言われて気付いた」

 リスペクトしているかはともかくドングリが好きなのは間違いなく、決して悪い気はしない。ドングリ万歳、ドングリ様々だ。

「それで今日はなんだ。ドングリカフェにでも行くのか」

「そんなお店があればね。聡はどこか、行きたい所は無いの?」

「動物園でも行くか。狼いるし。俺、魔狼だし」

 聡はあっさりとそう告げて、駅を指差した。私はすぐに頷き、スマホで動物園までの交通手段を調べる。

「電車を1回乗り継ぐだけでいけそうだね。インターネットって便利だよね」

「俺も、それは認めてるよ。ただ便利だからと言って依存してると、痛い目に遭う」

「そうかな」

「この手の乗り換え案内でよくあるんだが。徒歩何分って書いてあって、それを信じて家を出るとするだろ」

 相変わらずの話。それを聞きながら駅に向かって歩き出すと、、スマホが着信を告げた。

 それは私の投稿への「いいね」。私が初めて投稿した、ドングリへの。


  送ってきたのは聡。だけど彼はその事に触れず、相変わらずネットの怖さについて語っている。

 私もそれにただ、耳を傾ける。

 穏やかな日差しを浴びながら、今日もまたいつものようにして。 


                                 終わり

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