第七節 赴くままに

 カルラは、もういなかった。


 少し前――


 宿屋の交渉とリオナ加入のいきさつを、ヴァンが巧みな語り口で壮大に語り終えたとき、カルラはその勢いに呑まれ、ただ黙り込んでいた。


 ヴァンはカルラから言葉が出るのを待つように――称賛の意が述べられるのを当然のこととして――余韻が漂うなか、静かに紅茶に口をつけた。隣に座るミナコは、どこかを見ている。


 ようやくカルラが言った。


「リオナ、凄いわね。


 やっぱり、風の魔力は奇襲に最適だと思う――」


 ヴァンは驚いた。


 カルラの感想――それは、核心からやや逸れた戦術的な視点だった。


 カルラはすぐに笑った。


「ふふ、冗談よ。戦いばかり出ているからって、私がそこまで単純だと思って?」


 そして、ヴァンの顔を覗き込むように見つめると、


「ヴァンは話すのが上手ね。そういうの、どこで覚えるのかしら」


 ヴァンはかぶりをふって、


「まあ……いや、やられたな。気品の刃さんは、いかなる情緒も受け付けねえのかと」


 皮肉めいてはいたが、どこか楽しげでもあった。


「加入順で言うと、リオナで四人目だ」


 話を元に戻しながら、ヴァンはそう言って、ミナコを指した。


「三番目のミナコは、拾っただけだから、話すことは何もないんだ……」ヴァンは、いかにも悲しそうな表情を浮かべた。


 ミナコが声を張り上げる。


「なんでじゃ! いっぱいあるだろっ! もっと、話せ! それを!」

「キャハハッ――!」


 ヴァンは、次の話へ移ろうとする。


 だが――


「……あ? リオナの次だよな……次? いや、カルラじゃないよな……」


 すぐには。メンバーの名前を。


「ねーちゃんでしょ。アーリアねーちゃん」と、ミナコは言った。


 思い出すと、ヴァンは苦笑した。


「ああ……そうだ。どうしようもねえな、俺は」


 それで、何かを納得したように、


「そうか、アーリアは今、最前線にいるのか」


 急に、カルラは立ち上がった。ヴァンの『最前線』という言葉に、とっさに体が反応したという感じだった。


「行かないと」と、カルラは言った。


 胸元から銀の装飾のついたバンドを取り出し、髪を素早く束ねる。続けて腰の剣帯の裏から黒い手袋を引き抜いて、両手に嵌めた。


 カルラの腕に炎が揺らぎ――魔力で形づくられた腕が二本の剣を抜き放つ。棒のような無垢の白い剣身に炎が走り、魔力の刃が形成される。カルラは一瞬だけ炎を纏った刃の煌めきを確かめると、魔力の刃をそのままに、勢いよく鞘に戻した。収められた鞘の中で行き場を無くした魔力は溢れ、隙間から噴き出し、音とともに弾けた。


 ミナコもヴァンも呆然と見ているだけで、声をかける暇もなく、すでに支度は整っていた。


「抑えられないの」と、カルラは胸に手を当てて言った。


「とっても楽しかったわ。……でも、やっと前に出られたの。今は、やりたいようにさせてね」


 穏やかに微笑みながら、


「必ず、戻ってくるわね」


 カルラは出ていった。二本の剣だけを携えて。


 

 ――そして、今。


 ヴァンは、誰に言うでもなくつぶやいた。


「渇望、意志とかいうより、あれじゃ衝動だな。いや、本能……か」言葉を反芻はんすうし、ひとりでに面白がり、にやりとした。「実際、本当に気品だったのか? 怪しい気がしてきたぞ。上手く適応しているってだけの話で」


 彼は自身の机に戻り、椅子の背もたれに体を預けていた。


「ミナコよ」顔をわずかに上げて言った。


「あん?」ミナコが答える。


 そそくさとお茶会の片付けを済ませた二人は、定位置に戻っていた。ヴァンの目線の先のソファには、いつも通りミナコがいる。


「例えばだ。もし、黒い森の名残が本当にあったとして……リオナがそれを隠しているとしたら、その理由は何だと思う?」


 ミナコは、少し考えるような間を置いて、


「ランド……だっけ? ランドと話し合ってきめた」


「だよなあ。だが、なんか違う気がする……」


 ヴァンはミナコから視線を逸らし、自分に語りかけるような抑揚で言った。


「そもそもあいつが、会ったぽっと出をいきなり誘うか? あったはずだ。なにか、あいつの分厚いガードをぶち抜いた、よっぽどの出来事が」


 しばらく沈黙が続いた後、突然、ヴァンの目が見開かれる。


「……遺物?」


「ヴァンは、なんでそんな執着してんの?」


 ミナコは視線を落としていた。テーブルから取り上げた絵本を手にしている。


「ああ……? あれほど正確な夢を見たらな。無いはずは無いんだと思ってしまう」


「ゆめ……? 寝てる時の?」


 ヴァンはゆっくりとうなづいた。


「ふーん……」ミナコはちらっとヴァンを見た。少なくとも、からかいの言葉は口にしなかった。


「そんな大事なことなら、自分で行けばよかったのに。リオナについていくとか」


「迷惑だろ。楽園生まれの俺には、ここにいるだけでやっとだ。お前らは、全員どこかぶっ飛んでる」


 ヴァンの表情がやわらいだ。


「それにな、結果として、リオナに頼んだことで新しいメンバーが入った。これより正解なんてあるか?」


「……」ミナコは、本を読むでもなく、ページをぱらぱらとめくった。


 ヴァンは天井をぼんやりと見上げ、木目のひとつを、何かを探すように見つめていた。思考は彼の――作家特有の内奥へと沈んでいた。


「ランド……か。会いに行ってみるか。それで全部聞いちまえばいい」


 そう言って、ヴァンはミナコを見た。


「十二番戦線……ミナコ、てめーもご一緒どうだ?」


 ミナコはけらけら笑いながら、「いかねえ」。ヴァンを見ずに、手をぷらぷらと振った。


「……ああ、そうかよ」


 光の大地の昼下がり。まだ暮れることのない陽の明るさの中、街には柔らかな風が漂っている。


 世界には、穏やかな光が広がっていた。


 その光の下で、それぞれの旅路は静かに歩み出していく。



 ◇



 かくして、風は巡り、物語はまた続いていく――。



 ◆

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