表題を見て真っ先に思い浮かんだのは、「動物にエサを与えないでください」という注意喚起のキャッチコピーです。
野生にしろ飼育動物にしろ、勝手に軽々しくエサを与える行為は非常に無責任で自分本位な行為なわけです。
動物が人間に依存してしまったり、その動物にとって危険な食べ物をそれと知らずに食べさせてしまったりと、一時の優越感の代償として発生する問題が多すぎるんですよね。
そんな欠点だらけの癖に「万物の霊長」を勝手に自称するヒトカスチンパンですが、本質的にはやっぱり動物なわけです。
自分にとって有用なものをもらったら嬉しいですし、それが何の労もなく得られるのであれば、二度三度と勝手に期待をしてしまったりするわけです。
そんな欲深きヒトカスモンキー君の行く末に注目しつつ、「餌を与える側」に求められるモラルへの問いかけにも着目して本作をお読みください。
まず……、
凝り固まった頭のツボにきく刺激が欲しかったり、
文学で脳天をぶん殴られたい人がいるなら、志草先生をフォローすべきだ。
この方の作品はいつも、凡人の想像を超えてくる。
今回もそうだ。
思えばちゃんとタグを読んでおけばよかったのだ……。
とある昔話からスタートするのだが、
早々に『現代、現代』が始まっても
物語は、昔話風の口調で進んでいく。設定はちゃんと現代である。
猿子という男が金にだらしなく、借金苦であるという話である。
そこで、昔話に出てきた山に登ってご利益をいただこうとしたところで……
……
という物語である。この先は言わないでおく。
知らないで読み進めていけば、きっとあなたもびっくりしてくれると思うから。
ご一読を!!
このシニカルなオチ。これぞSFと、皮肉めいた笑いがこみ上げます。
昔話などによくある話。「神様のような存在から金塊を与えられ、幸せに暮らしましたとさ」という。
そうした逸話と同じように、猿子猛(ましこ・たける)も享楽的な生活の果てに借金まみれになり、その果てで「金色に輝く人間」から金塊を与えられる。
それによって借金を返せてハッピーになれるはずが……。
果たして、「神様のようなもの」はなぜ人間に富を与えてくれるのか。どんな基準で、どんな目的で。
それは人間のためとか、徳を積んだ報いとか、そういうものとは限らない。「神様に見えるもの」が人間の信じる「善の存在」とは限らない。
最終的に「人間の信じる富とは何か」について考えさせられるオチでもあります。お金のために目をギラギラさせる人間は、「とある存在」の目にはどう映るか。
ちょっと、我が身を省みたくなる話でもありました。