2. 夏幽霊 上
交差点で今でも君を待っている。一月某日、君はこの場所で車に跳ねられ命を落とした。いくら待てど帰ってこない事くらい分かってはいるが、それでも私はこの場所で君を待つ。忘れるのが怖いからだろうか。それとも感傷に浸りたいからだろうか。見当もつかない。今年も夏がやってきた。この町の言い伝えによれば、夏には死者が蘇り我々の元に戻ってくるそうだ。私は花と書いた手紙を交差点の端に添え、手を合わせた。
蝉時雨が妙に煩い夏であった。「さよならサマーゴースト」そう記した手紙をしたためている。夏に帰ってくる幽霊の話でそれは希望ににも似た創作ではあるが、意欲が湧いたのが1番である。この手紙を灯籠に流すつもりで君に届けばと淡い期待を胸に書いた。君のことを想像した文字の羅列には君が宿っていた。
すっかり夜も更けて、街灯には蛾が群がっている。私も同じだ。届けばと希望という街灯に手を伸ばしているわけだから。虫と同じにされるのは遺憾に感じるが、実際、その様なものである事に変わりはない。そんな事を思いながら何回も書き直していた手紙が形になってきていた。彼が命を落としてからいつくの日が経っただろうか。事故ではあったものの、それには少し疑問が残っていた。彼は用意周到な男であり、そんなミスをするとは到底思えなかったからだ。もしかしたら自殺ではなかったのだろうか。それならば彼には暗い何かがあったというわけで、それを救えなかった私自身には嫌悪感を覚えた。夜になると、こんな調子で考え込んでしまうのは癖である。書き終えた物を机上に置き、眠ることにした。
思い出すのは君の背中。バス停にてバスを待つ私たち。海へ行こうと言った。創作者である彼は、何か得ようとしていたのかも知れない。私もついていくことにしてバスでは車窓を眺めていた。田園風景が私の目を丸くさせた。暫くするとアナウンスがなり目的地のバス停に着いた。駅のホームから見える海は青々とした一等級の海でそれは見事であった。彼はバスから降りるとおもむろにに駅のベンチの座りじっと水平線を眺めた。何を考えているのか私には見当がつかない。私は隣に座り、落ち着かない時間を過ごすことになった。空を見上げるとそこにはウミネコ1羽が羽を動かし優美に舞っていた。すると彼は私に話しかけた。「生きるとは地獄そのものだよ。」その言葉には意味など見出だせず「そうだね。」と空返事をした。今思えば彼なりの助けだったのかもしれない。今となって悔やんでも仕方のない事だが、それでも惜しい事をしたと思う。彼はニコッと笑い「ありがとう。」と言った。まだ何も出来てないのに。気がつくと涙が絶えず流れていた。
目が覚めた。夢であった。頬にはまだ涙の形跡と動悸があった。今日の夜だ。灯籠流しは。それまでに夢で見た海の見えるバス停を訪れることにした。また違ったバスの雰囲気と田園風景風景がある。夢というのはかなり奇妙であり、私の中の思い違いから世界が構築されているのだ。それはそれは不気味さすら感じる。さーっと景色が流れる様子をぼんやりと見ていると目的地へと着いた。客などいない。辺鄙な場所なので当然だ。降り立つと磯の香りと少し肌寒いくらいの感触を味わうことが出来た。ただ、座って海を観るだけ。彼とがしていた事を振り返るように。何十分か経ち、したためた手紙を取りに帰る事にした。帰りのバスを待つのだったが一向に来る気配がない。仕方なく畦道を歩き帰る事にした。蝉の鳴き声が煩く入道雲がこちらを覗いていた。灯籠流しの会場がもう少しの所で日が落ちる様だった。灯籠を流す場所までは近く既に川は星のように瞬いていた。私も手紙を取りに帰り会場に着くまでを心待ちにした。歩くと縁日があった。その石畳を抜けると灯籠流しだ。私はその灯籠に火をつけ、手紙を流したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます