つらつら短編集【現代ドラマ】

ゆめの

少年イカロス

「てっぺんまで登ると、太陽に手がとどくんだ」


俺のとなりで、ジャングルジムに登っていく遊歩が言った。


「そうなの?すごいね」


そう答えるも、俺は信じてなどいなかった。

でも、遊歩は真剣だった。


「うん。だから、登るんだ。登って世界ではじめての太陽にふれた人間になるんだ」


それからは、二人して黙々と登った。

てっぺんから見える景色は、いつもの公園でしかなかった。

当然、太陽だってはるか頭のうえだ。


「イカロスにならずにすんだね」


ちょうど、音楽の時間に習ったばかりの歌を思いだす。

所詮、人間は太陽にさわれない。

わかっていたことなのに、何故かひどく落ち込んできた。


「遊歩?」


ずっと黙ったままの親友が気になり、横目で彼を見た。

遊歩は器用に腰かけながら、両手をめいっぱい空へとのばしている。


キラキラと瞳をかがやかせながら、「あったかいな」とつぶやいた。


「え?」

「すげぇな。な?そう思うだろう?」


遊歩はニッと笑顔を浮かべながら、俺に同意を求めてくる。

彼と空を交互に見るも、太陽の位置はかわらないままだし、俺は遊歩のようなかがやきも持っていない。


キラキラな心を持ってジャングルジムに登ったら、感じ方もかわるとでもいうのだろうか。


遊歩、おまえは太陽にさわれたのか?


結局、真偽を確かめることもできないまま、その日はサヨナラした。

俺はまだ子どもで、頭のなかの世界はすごく狭くて、自分のまわりのことだけが全てだった。

大人になれば、世界はひろがっていくのだろうか。

そうだといいな。


そう思っていたのは、もう昔のことでーーー。


上司からのチクチク言葉を反芻しながら、公園のベンチに座り空を見上げる。

太陽に手をのばしつつ、かつての親友でもあった遊歩を思いだしていた。


彼とは中学にあがり、少しずつ疎遠になっていった。


なあ、遊歩。

今もかがやきを忘れていないか?

今も心にイカロスを宿しているか?

そのイカロスは、大人になった傲慢さで太陽に焼かれていないか?


どうか、かがやいたままのおまえでいてくれ。

できうるならば、いつまでもそうであって欲しい。

それがひどく一方的な願いと知りながらも、強く思わずにはいられなかった。


【完】

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