どうしても子供がほしい

春風秋雄

最期の望みは理美だけだ

やばい。3人連絡して、みんなダメだった。残ったのは理美だけだ。しかし、理美が一番可能性があると俺は思っている。その肝心の理美にまったく連絡が取れない。何度も電話しているのに、すぐに留守番電話になる。その都度メッセージを残しているのだが、折り返しの連絡もない。まあ、当然と言えば当然だ。あんな別れ方をしたのだから、俺からの電話だとわかった時点で拒否してもおかしくないのだ。もう何回目の電話だろう。呼び出し音が続く。また留守電に切り替わるのだろうかと思っていたら、いきなり電話がつながった。

「もしもし、理美?」

「基樹?もう、何なの?何回も何回も電話してきて。何の用なの?」

理美が怒っている。しかし、ここで引いたらダメだ。ちゃんと聞くことを聞かないと。

「突然で申し訳ないけど、聞きたいことがあるんだ」

「聞きたいことって、何?」

「ひょっとして理美、俺に内緒で俺との子供を産んで育てているなんてことない?」

「はー?何それ?」

「俺、真剣なんだ。今、俺の子供を産んだことがある人がいないか探しているんだ」

「ほー、それで過去に付き合った女性に連絡しているんだ。それで私は何人目?」

「4人目」

「・・・」

「理美?もしもし?」

いきなり電話が切れた。俺はすぐにかけなおす。留守番電話に切り替わった。めげずにもう一度かけなおす。

「いったい、何なのよ!」

そうとう怒っている。

「ごめん、4人目というのは、理美に一番最初に連絡したんだけど、繋がらなかったから、先に昔の女に連絡していたからなんだ。俺、どうしても子供がほしいんだ」

「あ、そう。じゃあ頑張って作ったら」

「お袋が病気なんだ。長くてあと2年らしい。お袋がポツンと言ったんだ。孫を抱かずに逝ってしまうのかなぁって。だから俺、何とかお袋に孫を抱かせてやりたくて。でも、いまから相手を見つけて、それから子作りをしてもすぐに出来るかどうかわからないだろ?やっとできたとしても、それから十月十日、間に合うかどうかわからないじゃないか。だから、ひょっとしたら俺の知らないところで俺の子供を産んで育ててくれているやつがいないかなと思ったんだ」

「・・・」

「理美、聞いている?」

「一応聞いているけど、あきれて言葉が出てこないだけ」

「俺、何かおかしいこと言っている?」

「おかしいことというより、どうしたらそんな発想が出てくるのか不思議だよ」

「俺、真剣なんだけど・・・」

「あ、そう。じゃあ残念だったね。私は子供を産んだ覚えもないし、今育てている子供もいません」

「そうか・・・」

「基樹は、今付き合っている人いないの?」

「いないよ。別れるとき言ったじゃない。俺、漫画家を目指すから、当面結婚なんか考えられないし、付き合っていてもデートも出来ないから別れようって。そんな状態で新しい彼女なんか作れないでしょ?」

「あれ本気だったの?私と別れるための方便だったんじゃないの?」

「何言っているんだよ。本気だよ。あの後会社も辞めたんだから」

「それで、あれから3年経っているけど、漫画家になれたの?」

「いろんな出版社に持ち込んでいるけど、なかなか採用されない」

「そっか。じゃあ、まあ頑張ってよ」

「なあ、理美・・・」

「何よ?」

「俺ともう一度よりを戻して、子供を作ってくれないか?」

俺がそう言った瞬間に電話は切れた。


俺の名前は濱川基樹(はまかわ もとき)。31歳の独身だ。28歳までは普通のサラリーマンをやっていたが、学生時代からの夢だった漫画家を目指し、会社を辞め、今はアルバイトをしながら漫画を書いている。幼い頃に父親を事故で亡くし、母子家庭で育った。とくにグレることはなかったが、親孝行らしきことは何も出来なかった。俺が会社を辞めた時もお袋は「一度きりの人生だから、基樹の好きなようにすればいい」と言ってくれた。そんなお袋が体調が良くないといって病院で検査してもらったところ、脳腫瘍だと診断されたそうだ。グリオーマとかなんとかいう病気らしい。お袋は大したことないと言っていたが、俺は心配でインターネットで調べたら平均余命は2年というのが目についた。俺はショックだった。ずっとお袋は俺のそばにいてくれるものだと思っていた。そりゃあ、人間いつかは寿命が尽きるものだが、それはまだ何十年も先のことだと思っていた。お袋は脳腫瘍だと診断されてからも気丈に振舞っていた。しかし、ふと寂しそうに俺を見るときが時々ある。この前そんな顔をしていたお袋に「どうした?」と聞くと、「基樹は結婚しないのかい?」と聞いてきた。俺は「結婚なんかしなくてもいいんだよ」と答えると、お袋は悲しそうな顔をして「私は、孫を抱くこともなく逝ってしまうのかなぁ」と言ったのだ。それを聞いて俺は、こんな普通の男で出来る親孝行も出来ていなかったのかと、愕然とした。何とかお袋に孫を抱かせてやりたいと考えたというのが、経緯だ。


俺はお袋には内緒で結婚相談所に登録した。相談員に事情を話し、すぐに子供を作るのが前提という条件を出した。この際、子供が作れるのであれば、容姿とか性格とか、気にしないことにした。ところが、その条件にマッチする相手が見つからない。どういうことだ?これだけハードルを低くしているのに相手が見つからないのはおかしいだろと思い、相談員に聞くと、まず俺の方に問題があるということだ。確かに俺は定職を持たず、収入も安定していない。一応職業は漫画家と書いたが、まだ雑誌に掲載された作品はない。そんな男がすぐに子供を作って生活が出来るわけがないと思うのが普通だろうと、相談員は遠回しに言った。それに、年齢も職業も趣味も関係なく、すぐに子供を作ることだけが条件なんてことを女性が聞けば、女性をばかにしているとしか思われないという意味のことも言われた。冷静に聞けばもっともな話である。


こうなると、新しい相手を見つけるのは非常に難しいと言わざるを得ない。残る方法は、恋のリサイクルしかない。過去に付き合った女性とよりを戻し、その女性に子供を作ってもらうしか今の俺には方法がないように思えた。今回電話した4人の女性のうち、2人はすでに結婚していた。そしてもう一人は結婚はしていないが、彼氏と同棲中なので、二度と連絡してくるなと言われた。すると、少しでも可能性があるというのは理美ということになる。理美も相当怒っていたが、何とか理美にすがるしかないと思った。


海野理美(うんのさとみ)は3年前まで付き合っていた彼女だ。サラリーマン時代の営業先の会社の担当者だった。年は俺よりひとつ下で、4年くらい付き合って、結婚も考えたこともあった。うちにも何回か連れて来てお袋とも気が合うようだった。だが、どうしても結婚に踏み切れなかった。それは漫画家になるという夢を捨てきれなかったからだ。売れっ子の漫画家でない限り、家族を養っていくのは無理だ。夢を諦めない限り結婚はできないと思っていたからだ。このままずるずると年月を費やしても仕方ないと思い、俺は思い切って会社を辞めて漫画家になることを決意した。そして理美に別れを切り出したというわけだ。突然の別れ話に理美は他に好きな人が出来たのならそう言ってと言っていたが、そんな人はいない、漫画家になるために別れると一方的に言って別れた。


理美は相変わらず電話には出ない。会って話したいことがあると留守番電話にメッセージを残していたところ、“今度の土曜日15時に、いつも行っていたカフェで”とショートメールが来た。

早めに待ち合わせ場所のカフェに着いた。懐かしい。付き合いだした頃の待ち合わせ場所はいつもここだった。いつも理美が先に来ていて、俺が待たせる方だったが、さすがに今日は俺が先に来ていようと思った。

ドアを開けて入ってくる理美は相変わらず綺麗だった。俺を確認した理美は無表情のまま俺の向かいに座った。ホットコーヒーを注文した理美がいきなり切り出した。

「それで、話したいことって何?」

「俺、今フリーターだけど、もう一度就職するから、俺とやり直してくれないか」

理美がジッと俺を見る。

「漫画家の夢はどうするの?」

「3年チャレンジして全然採用されなかったのだから、俺には才能がないんだよ」

「あきらめるの?」

「諦めるしかないだろうな」

理美は何も言わず黙っている。運ばれたコーヒーを一口飲んでから聞いてきた。

「私ともう一度やり直したいというのは、子供を作るため?」

やはりそうきたか。この質問は想定内だ。俺は結婚相談所の相談員が言っていたことを思い出し、慎重に答えることにした。

「もちろん、お袋に孫を抱かせてやりたいと言う気持ちに変わりはない。ただ、俺も人並に所帯をもって、お袋を安心させてやりたいと言う気持ちが一番なんだ。そうなると、俺としては結婚相手は理美しか考えられない。人生の中で結婚したいと思った唯一の女性が理美なんだ。3年前も理美との結婚を選ぶか、漫画家への道を選ぶか、ずいぶん悩んだ。どちらをとっても後悔するだろうと思った。迷った末に俺は漫画をとった。やはり後悔したよ。でも一度決めたことだから、後ろを振り返らず何とか頑張ろうと思った。だから理美にも連絡はしないと決めていたんだ。しかし、3年頑張ったけど芽は出なかった。そんなときにお袋の病気だ。もうあきらめ時だなと思ったんだ。そして、この前久しぶりに理美の声を聞いたら、心の中で蓋をしていた理美への気持ちがどうしようもなく蘇ってきて、やっぱり俺は理美が好きなんだと実感せざるをえなかったんだ」

完ぺきだ。かなりうまく回答できたと俺は自分を褒めてやりたくなった。理美は真剣な目で俺を見ている。

「わかった。返事は少し待って。そして、どう返事をするかにあたって、基樹のお母さんと話がしたい」

「え、お袋と?何の話をするんだ?」

「それは基樹が知る必要はない。私とお母さんとの話」

理美はお袋と会って話すという提案を譲らなかった。二人を合わせてまずいことはないのだが、何を話すのか気にはなる。


その日家に帰ってお袋に事情を話すと、お袋は目を輝かせた。

「理美さんって、あの理美さんかい?」

「そうだよ」

「あんた、理美さんと結婚するのかい?」

「まだ返事はもらっていないから、どうなるかわからないよ」

俺はそう言ったのだが、お袋はもう俺たちが結婚するものだと思って喜んでいた。早速翌日の日曜日に理美に家に来てもらうことになった。

理美が来るなりお袋は喜び勇んで迎えた。前もって理美が好きなチーズケーキを買って用意していたお袋に理美は「覚えていてくれたんですか」と感動していた。一緒にテーブルに座ろうとした俺に理美が言った。

「悪いけど基樹さんは席を外してくれる?出来たら1時間くらい外で時間をつぶしてきてほしいの」

仕方なく、俺は外に出る。その辺をふらふらしながら時間をつぶし、1時間ほど経って家に帰ると理美の姿はなかった。

「あれ?理美は?」

「理美さんは帰ったよ」

お袋がぶっきら棒に言った。何があったんだろう?

「基樹、あんた漫画家は辞めるんだって?」

「ああ、そのことか。所帯を持つには安定収入が必要だから、漫画は諦めようと思っている」

「まあ、基樹の言うこともわかるから就職することは反対しない。でも、漫画は続けなさい」

「いやいや、働きながら漫画書くのは無理だよ」

「べつにプロじゃないんだから、月に1本書けとは言わない。趣味の範疇で構わないから、漫画は書き続けなさい。それが理美さんとの結婚を許す私の条件」

「理美は俺との結婚を承諾してくれたのか?」

「それは自分で聞きなさい」


後日、理美と会った際、理美は正式に俺と結婚すると言ってくれた。その条件として、うちに同居してお袋と三人で住むということ、結婚式は挙げず、理美の両親も呼んで写真だけとり、籍を入れるだけにするということ、そして、家のお金に関してはすべて理美とお袋が管理するということ、最後に漫画は趣味の範疇で良いので書き続けること、そして出来上がった漫画は必ず理美に見せること、というものだった。

「お袋もそう言っていたけど、どうして漫画を書き続けることが条件なんだ?」

「基樹はこの3年で本当にやり切ったと思っている?」

そう追及されて、一瞬口ごもった。

「自分では才能がなかったんだといって、諦めることに納得しようとしているのでしょうけど、心のどこかではやり切っていないと思っているはずなの。そんな気持ちの状態で何年か過ごしているうちに、また気持ちが爆発したら、私たちを置いて基樹はどこかへ行ってしまうような気がするの。そうならないように、細々とでいいから漫画を続けておいてほしいの」

俺としては、結婚して子供を作り、お袋に抱かせてやることが最優先なので、この程度の条件は何でもないと思った。


式は挙げなかったが、理美の両親にも来てもらい、両家揃って写真を撮ったあと、みんなで食事をした。理美のご両親も本当に喜んでくれていた。その日は両家の親から新婚旅行の代わりにと、高級ホテルのスイートルームの宿泊をプレゼントされていたので、そこで初夜を迎えることになった。

3年ぶりに理美とベッドを共にする。俺としたことが緊張と興奮で胸が一杯だった。

「基樹さん、末永くよろしくお願いします」

理美が丁寧に頭を下げた。その姿に胸が熱くなった。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

俺はそう言って優しく理美を抱き寄せた。これから最終目標のお袋に孫を抱かせてあげるという大切なミッションが始まる。俺は優しく理美に口づけた。すると、あの頃の思いが蘇ってくる。あの頃大切に大切に理美を扱っていたこと、もうこの女性を離したくないと思いきつくきつく抱きしめていたこと、次から次へと感情があふれて来て、俺は本当に理美のことを愛していたのだということを思い出した。


理美との生活が始まって少しするとお袋が入院した。どうも手術をするらしい。俺は詳しいことは知らない。病院へは理美が付き添い説明も一緒に聞いている。理美に「お袋は大丈夫なのか?」と聞くと、「大丈夫だから心配しないで」という返事しか返ってこない。

俺は再就職したばかりで休みを取りづらく、付き添いは理美に任せるしかない。手術は無事終わったと連絡が入った。俺は仕事が終わり次第病院へ行った。お袋は眠っていた。その顔をしみじみ見ていると、お袋は年をとったなと思う。俺を育てるために身を粉にして働いて、自分の幸せより俺の幸せを喜んでくれたお袋。俺は理美の両親と一緒に食事をした時のことを思い出した。お袋のあんな笑顔は初めて見た。俺が大学に合格した時よりはるかに喜んでいた。俺は理美と結婚して本当に良かったと思った。本当に小さな小さな親孝行だけど、これからうんと恩返しするのだから、こんな病気に負けずに頑張れよと心の中で叫んだ。


お袋は退院してからも放射線療法や化学療法で通院を続けている。治療はかなりつらいようで、家事は理美がほとんどしてくれている。理美には感謝しかない。本当に良い嫁さんをもらったと思った。俺は結婚する時の約束通り漫画は書き続けた。理美と暮らすようになり、家庭の温かみを知り、以前は親に感謝すらしたことがなかったのにお袋の病気を機に親の有難みを知り、俺の作風は大きく変わってきた。3か月かけて、ひとつの作品を仕上げた。作品の良し悪しは自分ではわからない。しかし、今まで書いた作品の中で一番自分で納得できる作品が出来た。俺はそれを理美に渡した。受け取った理美は「じゃあ、明日からは新しい作品に取り掛かってね」と言った。


結婚してから俺は、ほぼ毎晩理美と交わった。最初は子作りのためだったのが、次第に理美と俺が一つになれる実感が持てるその行為そのものを、俺は貪っていた。理美も最初は遠慮がちだったのが、このころは俺が求めるのを待っているようで、行為が始まるときつく俺を抱きしめてくるようになった。

結婚して半年ほど経った頃、理美が妊娠した。これでお袋に孫を抱かせてあげられる。そういう思い以上に、俺と理美の子供が生まれるという事実に俺は言葉では表せない喜びを感じた。お袋は涙を流して喜んでくれた。あとは無事に生まれてきてくれることを祈るしかない。


理美のお腹が膨らんできた頃から、お袋の調子が良くないようだった。あのときインターネットで余命2年という文字を見たにも関わらず、お袋は治ると俺は信じ切っていた。しかし現実は病魔が確実にお袋を蝕んでいる。何とか理美のお腹の中の子供をお袋に抱かせてやりたいと思うが、こればっかりは運を天に任せるしかない。

しかし、あと2か月で生まれるという頃にお袋は入院した。俺は毎日病院へ行って、あと2か月頑張れと言い続けたが、お袋はとうとう静かに息をひきとってしまった。


家族葬でお袋を見送ったあと、俺は魂の抜け殻だった。毎日がただ過ぎているだけで、結婚するときにお袋と約束した漫画もほとんど手付かずだった。そんな俺を見ても理美は何も言わず、黙々と家事をこなしてくれた。

そんな俺を救ってくれたのは、我が子の誕生だった。男の子が生まれた。退院して親子三人でお袋のお墓に参った。

「母さん、孫が産まれたよ。名前は洸樹(こうき)というんだ。母さんに抱いてもらいたかったな」

俺がそう言うと、横で理美がおもむろに口を開いた。

「お母さんは、基樹が洸樹を抱いている姿を見ただけでも満足されていると思います」

思わず理美の顔を見る。理美は話を続けた。

1. 「私、結婚する前にお母さんと色々お話させて頂きました。お母さんはご自分の寿命を覚悟されていました。心配なのは、自分がいなくなった後の基樹のことだとおっしゃっていました。漫画家になると言って会社を辞めたのはいいけど、見ているとろくに漫画も書いていなかった。あの子は自分で決めた目標ですら打ち込めなかった。あのままだと自分がいなくなったら、生きる目標すらなくしてしまうのではないかと心配されていました。せめて結婚して子供でも出来たら、あの子は生きがいを持って漫画なり仕事なりに打ち込んでくれるのではないかと思っているとおっしゃっていました」

「え?だったら、お袋が孫を抱きたいと言っていたのは、俺に子供を持って生きがいを持ってほしいという意味だったのか?」

「もちろんお母さん自身も孫を抱いてみたいという気持ちはあったと思います。でも、それ以上に、基樹に自分の子供を抱いてもらって、お母さんがいなくなっても子供のために強く生きてほしいと願っていたのだと思います。だから、今基樹が洸樹を抱いている姿を見て、お母さんは喜んでいると思います」

そうだったのか。

「私、4年前に基樹に振られたときに、お母さんに会いに行ったの」

「そうなの?」

「お母さんは、私が基樹のお嫁さんになってくれることを望んでいた、楽しみにしていたと残念がってくれました。理美さんは自分の幸せを求めれば良いが、何年か先に基樹がもう一度理美さんとよりを戻したいと言ってきて、理美さんに他に縁がなかったら、今回のわだかまりは水に流して、基樹の嫁になってくれないかと言ってくれました。私は嬉しかった。そこまで私のことを認めてくれたお母さんのところへ嫁ぎたいと心底思いました。それから3年経って、基樹から電話があって、私は驚いて電話には出られなかった。すぐにお母さんに連絡しました。基樹の用件は何だろうとお母さんに聞いたのですが、お母さんは検討がつかないけど、一度話を聞いてみてくれないかと言われました。ところが、基樹の話は子供を産んでないかでした。がっかりしました。こんなにがっかりするなんて、自分でも驚きました。私はまだ基樹のことが好きなんだって、改めて自覚しました。そのあと会って話した時、よりを戻したいと言われて、嬉しくて嬉しくて、基樹の真意が何なのかはわからないけど、基樹と結婚出来て、あのお母さんのところへ嫁に行けると思うと、涙が出そうだった。だから、私はお母さんの最期までお世話させてもらえて、本当に幸せでした」

思わず理美を抱きよせた。俺は理美の両親を交えて一緒に食事をしたときのお袋の顔を思い出した。俺は少しは親孝行できたのかな。これから洸樹と三人で強く生きていくことが一番の親孝行かもしれないと思った。俺がそう思っているときに、理美がカバンから一通の封筒を取り出した。そして俺に渡す。

「これ何?」

「基樹の漫画を出版社の新人発掘コンテストに応募したの。その結果が昨日届いた」

封筒の中から、1枚の紙を取り出す。広げてみると「新人賞」と書いてあり、雑誌掲載デビューと記載があった。

「もう一度、漫画に専念してみたら?私ももうすぐ仕事に復帰するし、お母さんと貯めたお金もあるから、2年や3年、基樹の収入がなくても十分やっていけるから」

俺は洸樹の顔を見ながら、心の底からやる気が湧いてくるのがわかった。

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