『悪の組織ヒーロー事務所』 〜裏切られた叔父が悪の組織を始めたので、俺は理想の女幹部になる〜

涙目とも

第1話:悪の組織始めました。

「―――――うそだろぉ……?」


自分でもこれ以上ないと言わしめるほど、それはそれはきれいに膝から崩れ落ちた。


リュックサックひとつ分、両肩に乗っかるほどの荷物をなんとか苦労してかき集め、実家から追い出された後の頼り先として紹介された、父親の書斎に隠されていたはがき。そこに達筆な筆ペンで記された住所を頼りにここまで来たのだが………




『暑中見舞い申し上げます。

今年は色々と忙しく、帰省が難しいことをここでお詫びします。

妹と私共々、一層のご自愛をお祈り申し上げます。


追伸、




悪 の 組 織 は じ め ま し た 。


いやいや、何かの冗談だと思うだろ普通、しかしどうだろうか眼の前の看板は………


———よし、一生目を逸らしたままでは全く進展しないので、いい加減諦めて視界の縁に留めていた看板を、焦点の中央に移動させる。


『悪の組織ヒーロー事務所』


「はい終わったァァァ」


誰が好き好んで悪を自称している変人集団に依頼を頼むんだよ……ッ! 小学生の仕業と思われる落書きがひどいし、先程から冷ややかに突き刺さってくる、噂好きそうなおばちゃん集団の視線が痛い。どう考えても頼り先を間違えたとしか思えないんだが?


「……………まぁここにいても仕方ないよなぁ」


泣く泣く立ち上がり、膝の汚れを軽く叩く。既に親から連絡が入っていたのか、扉先には俺宛に自由に入ってとの張り紙が貼ってあった。遮光ガラスになっているのか、ガラス戸の向こうは何もわからない。


これからどんな人生が待ち構えているのか、考えるだけ憂鬱になりそうな自問自答を胸の奥に押し込めつつ、引き攣った顔で自動ドアをくぐった。
















———が、開かない。


「―――――電気付いて無ぇのかよぉッ!!」


しゃあない、こじ開けよう……………






◇◇◇◇◇






「おじゃましまァす……………」


幸先不安という四字熟語で頭がいっぱいの俺は、僅かな隙間から無理くりドアを開き、中へ足を踏み入れた。予想に反し、正面の重々しくふざけた装飾とはうって変わり、シックで落ち着きのあるモダン調のカフェ。どうやら電気が通っていない訳ではなく、自動ドアを起動させていなかっただけらしい。




―――――それを拒絶と取るかはさておいて、中々にいい雰囲気だな。




「……………ここが本当に喫茶店をやってたら、絶対お酒は出さないだろうなぁ」

「わかる?」

「あ゛ぁ!!?」

「いやぁ、この雰囲気を出すために相当苦労したよー! 流石に自動ドアは無いんじゃと思ったけど、アンティークっぽさと、『ここは普通の場所では無い……ッ! 感』を出すためにあえて共存させたんだ!」


うんうん、と満足そうに頷く白衣の男性。30代、いや間違えれば20代前半ほどにも見えるほど活力に満ちており、あの父の三個下とは思えない。

ヒゲは整えているようだが、ホコリまみれのメガネに、あちこちに飛び跳ねた髪の毛や白衣のシワ、更に言えばその下に古い長袖のジャージという格好で、とてもじゃないが自立した生活が出来ているのかを疑ってしまうほどにだらしがない。


「———お父上と比べて、無作法だと思ったかい?」

「………いえ、お久しぶりです小次郎叔父さん」


白衣の男性―――西園寺さいおんじ小次郎こじろう叔父さんは人柄良く笑ったと思うと、俺をカウンター席に座らせ、年季が入ったよく使い込まれているハンドミルを手に取った。


「何にしようか? 一応一通りのものは出せるよ」

「あんた本業がなにか忘れてるんじゃないのか? ………モーニングを一つ」

「ごめーん、僕コーヒーの淹れ方わかんない」

「なんのために手に取ったんです???」

「あっそうだナポリタン! うん、ナポリタンにしよう!」

「なんのために質問したんですか……」


俺の指摘を華麗に流し、彼が備え付きの冷蔵庫に手を突っ込むと、ベーコンやケチャップ、それからパプリカなどの野菜類が次々と調理台に並べられていく。


「手伝いますよ」

「いいって、座っててよ」


何か出来ないかと立ち上がった俺を制止し、慣れた手つきでカラーピーマンの芯を抜き取る小次郎叔父さん。そこまで言われたら座って待つしか無いだろう。




「―――何をしにきたんだっけ」




乾麺が茹でられる独特の匂い、色とりどりの野菜と一緒に炒められているトマトケチャップが焦げる香りで、一瞬目的を忘れてしまいそうになる。


おそらく百は超えたため息と、BGM代わりに付けられたラジオから流れる20年ほど前の名曲が3回ほど変わり、曲をリクエストしたリスナーにMCが感想を伝える頃には料理が完成していた。


「………いただきます」


皿の縁にフォークを立て、おおよそ一口大ほどを巻き取って口の中に入れる。

舌を使うだけでは潰れない茹で加減と、喫茶店で出すには少々ジャンキーな味付け。普段から自炊していることが分かる、大まかに括って男飯と呼ばれるものに、思わず舌鼓を打つ。


………忘れていたがここは事務所、そこのオーナーが出す料理とは思えないくらい美味しい。それに今年から高校生の俺にとって、多少濃いくらいの味加減はかなり嬉しい。


「めっちゃうまいっす」

「ありがとっ! ……………食べながらでいいから、聞いてくれるかい?」


その頃には既に新しいパスタを頬張っていた。口に何かある状態で喋る訳にもいかず、ぶっきらぼうにも、ただ頷きで肯定してしまった。


普段の俺ならしない。

………単純な性格と言われても仕方がないが、それくらいこの人を信頼してきているのだろう。


「君の生活については心配しなくてもいい、兄さんから養育費が振り込まれているからね。でも僕が面倒を見ると言った手前、君は萎縮してしまうかもしれないけど僕に出させてほしい」


聞きたかった答えにうんうんと相槌を打つ。お金に関することなど、青二才の俺には関与のしようがないからな。


「それと、お金についても心配しなくていい。前職、研究者業でかなり稼いだからね、道楽としてヒーロー事務所を建てるくらいには」


ヒーロー事務所を経営するには、まずオーナー本人がダンジョンの探索者ランクをゴールド1まで上げなければいけない。それに申請にはかなりの額がかかるだろう。


とても道楽で開けるとは思えないし、金銭面ではそれほど心配していない。ただ………




「せめてお仕事を手伝わせてください。これでもシルバーの端くれ、単独は不可能でもサイドキックの免許は取れますよ。……………でも」

「そう、見ての通りこの事務所は現在。理由はいくつかあるんだけど大部分としては、僕にそんなにやる気がないってことかな」


濃厚なトマトソースを、ストックされていた自家製のアイスコーヒーでリセットする。おそらく父上や叔父さんの妹、俺の叔母さんが淹れたものだろう。


「やる気がない……………ならどうして?」

「大きな一つはただの趣味だ。幼稚な話だけど子供の頃から悪の組織に憧れててね、ヒーローの活躍を目の前で見れるなんて最高じゃないか」

「まあ………わかります」


言われてみればそれはそう。そう言う考えに至らなかっただけで、幼少の自分に今の言葉を伝えれば多少なりとも心が揺らいでいただろう。

子供の頃にも、ヒーローに会うためにわざと嘘の通報をする、なんて犯罪も流行っていたしな………


「二つ目は………というより人によってはこっちが本命だろうと言うかもしれない。これを聞いて僕の面倒になるかは君に任せるよ」

「……………? とりあえず、ご、ごちそうさまでした?」

「お粗末さま。君には悪いけど、まあ武蔵兄さんが送ってくれたということはそういうことだと判断して、勝手に話を続けるよ」


困惑が頭を占める俺。小次郎叔父さんは入口の自動ドアに鍵をかけたかと思うと、おもむろに壁の一部としか言いようがない場所にカードキーをかざした。


—————いや、ネタばらしされた今ならうすぼんやりとわかる。あの場所は巧みに偽装されたカードリーダーだ。


金属が擦れ合う音。具体的に言えば、が喫茶店—————否、ヒーロー事務所のに反響する。


唖然とする俺をよそに、彼の背後には巧妙に隠された隠し扉が現れた。空間が開けた時から漂うサイエンスティクな薬品の匂い。




—————何に巻き込まれるのかもわからないけど、俺の腹は決まっている。何故かって? 


聞いてみろ、君の心の中の漢だったら分かるだろうッ!




「僕のヒーロー研究成果を奪った、変身装置開発販売における御三家……………そいつらに復讐する計画を、君にも協力してほしい」




「———最高じゃないですかァ!」




———とても、ワクワクするからだ。


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