第6話:帰ってきたバギー

最近の俺は、歩くことに誇りを持っていた。

だって俺、もう子犬じゃない。足腰しっかり。自立したミックス犬。

……のはずだった。


「ミントぉ〜!ええもん買うてきたでぇ〜!!」


玄関からテンション高めのおっさんが運び込んだのは、見覚えのある、あの、地獄の四輪。


「バギー……やと……?」


「じゃーん!リニューアルしたで!この新型、サスペンション付きや!まるでクラウンや!」


「いや犬に高級車の感覚いらんねん」


「しかもこれ、SNS映えするって口コミが……!」


「口コミで犬の尊厳売るな」


おっさんはすっかり舞い上がっていて、俺の前足をそっと持ち上げた。


「はい、じゃあモデルさん乗ってくださ〜い♡」


「断る!」


もちろん、抵抗した。


だが俺の小型ボディでは、おっさんの無駄な筋肉には敵わず、気づけば俺はシートに収まっていた。


「いや、この角度……カメラマンか!」


「ミント〜こっち向いて〜。そう!もうちょい顎引いて!目線いただきま〜す!」


「お前は誰やねん!!」


外に出れば、バギーの振動はゼロ。

ふかふかのクッション、やけに豪華な日除け、しかも背もたれ倒れる。


「……快適やん」


気がつけば、前足を組んで座り、通り過ぎる柴犬と目が合った。


その柴犬が一瞬、バギーを二度見した。


「うわ、見られた。終わった」


俺の中のプライドは、カラカラと音を立てて崩れた。


こうしてまた、俺の“地面と歩く距離”は遠ざかっていく。

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ミックス犬MINT @JournaRhythm

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