第3話 街の嘲笑

森の闇が、私たちを嘲るかのように咆哮を繰り返していた。

竜のようなモンスターの巨体が、雷撃刃に貫かれ、地面に崩れ落ちる。

私の手にある光の剣は、まるで星の意志を宿したかのように輝き続けている。

《無限の適応》――このチートスキルが、私をこの異世界の戦士に変えたのだ。

だが、その背後で、彼女たちの震える姿が私の心を締め付ける。


桜庭彩花は、恐怖と羞恥で顔を真っ赤にしている。

陽葵ひなたは、濡れたスカートを隠そうと手を震わせている。

水瀬涼香は、冷静な仮面の下で唇を噛みしめている。

星宮真由は、涙をこらえきれず小さくすすり泣いている。

白雪玲奈は、氷のような無表情を保ちつつ、微かに震える肩が彼女の内心を物語っていた。


「はぁ……はぁ……これで、最後か?」

私は肩で息をしながら、剣を消す。

森の奥から新たな咆哮は聞こえない。

ようやく、静寂が戻ってきたのだ。


「悠斗くん……ほんと、すごいよ。こんなの、普通じゃ無理だよ……。」

彩花が震える声で言う。

彼女の瞳には、感謝と、どこか怯えた色が混じっている。


「うん! 悠斗くん、めっちゃカッコよかった!」

陽葵が無理に明るく言うが、彼女の声は震えていた。


「ありがとう、悠斗くん……あなたがいなかったら、私たち……。」

真由が涙声で呟く。


「効率的ね。あなたの力、規格外だわ。」

涼香が冷静に言うが、彼女の声には微かな動揺が滲む。


「……頼もしい。」

玲奈が短く呟く。

その声は、まるで凍てつく湖の表面のようだった。


私は彼女たちを見回し、胸の奥で熱いものが込み上げる。

そうだ、俺が守るんだ。

どんなモンスターが来ても、彼女たちを絶対に安全な場所へ連れて行く。


「よし、行くぞ。もうすぐ森の出口だ。」

私は振り返り、開けた光の差す方向を指す。

彼女たちは互いに顔を見合わせ、弱々しく頷いた。




森の出口は、まるで神の慈悲のように私たちを迎えた。

巨大な樹木の隙間から、広大な草原が広がっている。

遠くには、城壁に囲まれた街が見える。

石造りの建物が陽光に輝き、煙突から白い煙が立ち上っている。

それは、まるで中世の絵画から抜け出したような光景だった。


「街だ……! やっと、着いた!」

私は思わず声を上げる。

胸の奥で、希望の炎が灯るのを感じた。


「ほんと!? やった、助かった!」

陽葵が飛び跳ねる。

だが、その動きで、彼女の濡れたスカートがひらりと揺れ、彼女は慌てて押さえた。


「……やだ、忘れてた……。」

陽葵が顔を真っ赤にする。


「ううっ……こんな姿で、街に入るなんて……。」

彩花がスカートをぎゅっと握りしめ、呟く。

彼女の制服は、森での恐怖の名残をはっきりと刻んでいた。


「み、みんな、見ないでね……お願い。」

真由が両手で顔を覆い、泣きそうな声で言う。


「仕方ないわ。とりあえず、服をどうにかしないと。」

涼香が冷静に言うが、彼女のタイツもまた、濡れた跡が目立っている。


「……無意味。」

玲奈が静かに呟く。

彼女の白いタイツは、まるで水をかぶったかのように透けていた。


私は彼女たちの姿を見て、胸が締め付けられる。

森での戦いは、彼女たちにあまりにも過酷だった。

だが、今は前を向くしかない。


「大丈夫だ。街に入れば、服も手に入る。とりあえず、行こう。」

私は励ますように言う。

彼女たちは不安げに頷き、私の後ろをついてくる。




街の門は、巨大な石造りのアーチだった。

門番の兵士が、槍を手に私たちをじろりと見る。

彼の視線が、彼女たちの濡れた制服に止まり、眉をひそめる。


「なんだ、お前ら? こんな姿でどこから来た?」

兵士が低く尋ねる。


「俺たちは……旅人だ。森でモンスターに襲われて、こうなった。」

私は咄嗟に答える。

本当のことを話しても、信じてもらえるとは思えなかった。


「……ふん、妙な奴らだな。まあ、入れ。だが、騒ぎを起こすなよ。」

兵士が鼻を鳴らし、門を開ける。


私たちは一礼し、街の中へ足を踏み入れる。

石畳の通りには、色とりどりの屋台が並び、人々が賑やかに行き交っている。

革鎧の冒険者、長いローブの魔法使い、荷車を引く商人。

この街は、まるでファンタジーの世界そのものだった。


だが、その喧騒の中で、彼女たちの姿はあまりにも目立っていた。

濡れた制服、震える足元、赤らんだ顔。

通りすがりの人々が、彼女たちを見てひそひそと囁き始める。


「ねえ、あの子たち、なんだろう? 服、びしょ濡れよ。」

若い女性が友人に囁く。


「ははっ、モンスターに怯えてやらかしたんじゃねえか?」

屈強な男が笑う。


「かわいそうに……でも、ちょっと笑えるな。」

年配の商人がくすくすと笑う。


その声が、まるで矢のように彼女たちの心を貫く。


「ううっ……やだ、みんな、見てる……!」

彩花が顔を伏せ、スカートを必死に押さえる。

彼女の瞳には、羞恥の涙が浮かんでいた。


「やめてよ! 笑わないで!」

陽葵が叫ぶが、その声は逆に注目を集める。

彼女の金髪のツインテールが、恥ずかしさで震えている。


「み、見ないで……お願い、消えたい……。」

真由が地面にしゃがみ込み、両手で耳を塞ぐ。

彼女の栗色の髪が、涙で濡れていた。


「ふん、みっともないわね。」

涼香が冷たく言うが、彼女の頬もまた赤く染まっている。

彼女の銀髪が、街の陽光に虚しく輝く。


「……無駄な視線。」

玲奈が静かに呟く。

だが、彼女の青い瞳には、微かな動揺が宿っていた。


私は彼女たちの姿を見て、怒りが込み上げる。

「ふざけんな! 笑うなよ!」

私は思わず叫ぶ。

私の声に、人々の視線が一斉に私に集まる。


「悠斗くん……!」

彩花が驚いたように私を見る。


「うわっ、悠斗くん、かっこいい!」

陽葵が目を輝かせる。


「ありがとう、悠斗くん……。」

真由が涙を拭いながら呟く。


「……やるじゃない。」

涼香が小さく微笑む。


「……感謝。」

玲奈が静かに言う。


だが、私の叫びは、逆に人々の好奇心を煽ったようだ。

ひそひそ声はさらに増え、彼女たちの羞恥は深まるばかりだった。


「くそっ……とにかく、服屋を探すぞ!」

私は彼女たちを連れ、通りを進む。

石畳を踏む足音が、まるで私たちの焦りを嘲るようだった。




ようやく見つけた服屋は、木造の小さな店だった。

看板には「マリアの仕立て屋」と書かれている。

店内には、色とりどりの布と服が並び、柔らかな花の香りが漂っていた。

店主は、ふくよかな中年女性だった。


「おや、お客さん? ずいぶん……派手な格好ね。」

店主が私たちを見て、にこやかに言う。

だが、その視線は、彼女たちの濡れた制服にしっかりと注がれている。


「服を……新しい服をください。急いでます。」

私は少し焦りながら言う。


「ふふ、急ぐ気持ちはわかるわ。さあ、そこのお嬢さんたち、こちらでサイズを測るからおいで。」

店主が彼女たちを奥に案内する。


「ううっ……恥ずかしい……。」

彩花が小さな声で呟く。


「早く終わらせてよ……。」

陽葵がぶつぶつ言う。


「……お願い、早く……。」

真由が震える声で言う。


「効率的にね。」

涼香が冷静に言うが、彼女の声にも焦りが滲む。


「……構わない。」

玲奈が静かに言う。


店主は手慣れた様子で彼女たちのサイズを測り、棚から服を取り出す。

「ほら、これなんかどう? 冒険者風のチュニックとズボン。動きやすいわよ。」

彼女が差し出したのは、シンプルだが丈夫そうな服だった。


「ありがとう……これでいいです。」

彩花が弱々しく言う。


「うん、早く着替えたい!」

陽葵が急かす。


私は店主に金を払おうとするが、ふと気づく。

「金……俺、持ってねえぞ。」


「ふふ、心配しないで。この街じゃ、モンスターの素材が高く売れるの。あなた、強そうだから、素材持ってるでしょ?」

店主が笑う。


私は森で倒したモンスターの牙や鱗を渡す。

店主は満足げに頷き、服を彼女たちに手渡した。




着替えを終えた彼女たちは、まるで別人のようだった。

彩花は、緑のチュニックに身を包み、まるで森の精霊のようだ。

陽葵は赤いズボンで、活発な冒険者の雰囲気。

涼香は青のローブで、知的な魔法使いのよう。

真由はベージュのチュニックで、柔らかな癒し系そのもの。

玲奈は黒のタイツと白のチュニックで、神秘的な雰囲気を増していた。


「やっと……恥ずかしさが減った。」

彩花がほっとしたように言う。


「うん! これ、動きやすそう!」

陽葵が笑顔を取り戻す。


「ありがとう、悠斗くん。助かったよ。」

真由が柔らかく微笑む。


「合理的ね。いい選択だったわ。」

涼香が頷く。


「……悪くない。」

玲奈が静かに言う。


私は彼女たちの笑顔を見て、胸の奥で安堵の息をつく。

だが、この街での休息は、ほんの一瞬のものだった。

窓の外から、けたたましい鐘の音が響く。

街の広場で、誰かが叫んでいる。


「モンスターだ! 街の外に、モンスターの群れが!」


私の胸に、冷たい予感が走る。

「くそっ、またかよ……!」

私は剣を握る手に力を込める。


彼女たちの顔が、再び恐怖に染まる。

この街での平穏は、あまりにも儚いものだったのだ。

















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