❄️【冬の章】

第19話 「雪輪文様 ❄️ 雪の記憶」

「雪輪文様に込めたのは、静かに降り積もる時と、消えずに残る想い。」 ❄️


冬。

世界は、静かだった。


町も山も川も、すべてを白く包み込む雪。

音を吸い込んだように、空気は澄みきっている。


カナは、誰もいない神社の境内を歩いていた。

長靴の下、雪がきゅっ、きゅっと鳴る。


手には、母からもらった白い手袋。

甲の部分には、淡く繊細な雪輪文様が刺繍されていた。



幼い頃、カナは雪が怖かった。

冷たくて、どこまでも白くて、

世界がなくなってしまいそうな気がして。


でも母は、そんなカナを雪の中へ連れ出してくれた。


「雪はね、すべてをきれいにするの。

嫌なことも、悲しいことも、

いったん真っ白にして、また始められるように。」


カナは、母の温かな手に導かれながら、

初めて雪の上に立った。



あれから、何年も経った。

母はもう、遠い場所へ行ってしまったけれど――


今年も、雪は変わらず降る。


カナは境内の中央に立ち、手袋を空に向かって伸ばした。


舞い降りてきた雪片が、そっと手のひらに触れる。

それは、一瞬で溶けて、透明な雫に変わった。


「……また、始められるかな。」


小さな声でつぶやいた。

白い息がふわりと空へ上っていく。


境内の隅、雪の積もった狛犬の横に、小さな梅のつぼみが膨らんでいた。

まだ寒さの中だけれど、たしかに、新しい命がそこにあった。


カナは微笑んだ。

そして、そっと境内に跪き、雪に手形を残した。


白い世界に、たしかな痕跡を刻むように。



雪はまた、静かに降り続ける。

すべてを白く包みながら、

新しい季節への道を、ひそやかに織り上げていく。❄️


📖【この話に登場した文様】

■ 雪輪文様(ゆきわもんよう)


由来:雪の結晶や、降り積もった雪の丸みを図案化したもの


意味:純粋さ、浄化、再生、新しい始まりへの願い


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