第3話 「菊文様 🌼 菊花の誓い」

「菊の文様に込めたのは、永く、強く、生きる祈り。」 🌼


秋の入り口。

山あいの寺には、静かに風が吹いていた。


境内の庭には、色とりどりの菊の花が咲き乱れている。

白、黄色、紫――

どの花も、涼やかな秋の空の下で、静かに、しかし誇らしげに首を伸ばしていた。🍂


「……変わらないな。」


青年は、門をくぐると、ふと足を止めた。

手に提げた風呂敷包みの重さが、今になって急に心にのしかかってくる。


あれから、もう十年。

彼は一度も、この寺に戻ることがなかった。


それでも。

ここには、あの日の約束がある。


――「大人になったら、また、ここで。」


彼はそっと庭の奥へ進んだ。

苔むした石畳の道を踏みしめながら、

昔、手を引かれて歩いた感触を思い出す。


本堂の縁側に、小さな影が見えた。

白い着物に、金の菊文様があしらわれている。

細い体に不釣り合いなほど、大きな花柄だった。


「よう、来たかい。」


静かな声。

皺だらけの顔が、ふわりと笑った。


「師匠……。」


胸の奥から、懐かしさと申し訳なさが一緒にこみ上げる。

彼は深く頭を下げた。


「遅くなりました。」


「いいさ、菊はな、咲くときを決して急がない。

 ゆっくり、ゆっくり、そして誇らしく咲く。

 人間も、そうでいいんだ。」


師匠は、傍らに置かれた一枝の菊を手に取った。

白く、大輪に咲いたその花には、黄金色の刺繍がそっと添えられていた。


「これは、お前に。」


差し出された菊を、彼は両手で受け取った。

手のひらに感じる、花の柔らかさと、師匠の温もり。

それは、どんな言葉よりも重たく、優しかった。


「また、咲かせに来いよ。」


師匠の声が、秋空に溶けていく。


彼は静かに頷いた。

かつてここで交わした小さな約束――

それを、ようやく、もう一度手にしたのだ。


庭の菊たちは、秋の風に揺れながら、

変わらぬ姿で彼らを見守っていた。🌼


📖【この話に登場した文様】

■ 菊文様(きくもんよう)


由来:日本の国花にもなった菊を図案化したもの


意味:長寿、気高さ、不老不死の願いを象徴する

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