傾奇者 〜夜の華になる〜

及川明

第1話

欲望渦巻く町、傾奇町。ホスト、キャバクラ、オカマによる争いが日夜繰り広げられ、無数の争いが血を洗う。この町で、群雄割拠の中、一人の英雄が生まれようとしていた。


都内の某所のオフィス。

「おーい、藤吉!仕事は終わったのか?」

後ろから同僚が声をかけてきた。長身で長い髪を後ろで結んだ男、前田利家だ。彼は会社で唯一の同期で、いつも明るく元気な性格だ。「今日、飲みに行くだろ?良さそうな店を見つけたんだよ。」


「またか、お前は本当に好きだな。」

僕たちはよく二人で飲みに行く関係だ。


「何だよ、行かないのか?」


まぁ、嫌いじゃないんだけど、最近金欠であることを思い出す。

「今、あんまりお金がないんだよ。」


「何言ってんだ、男なら宵越しの金の心配してんなよ!」利家は明るく笑った。


「分かったよ、あんまり高くない所にしてくれよ。」

僕は利家の熱意に負け、今夜も飲みに行くことになり、また財布の風通しが良くなってしまう。利家には聞こえないように小さくため息をついた。


退勤後、さまざまな店舗が並ぶ通りを進むと、ホストやキャバクラの客引きの活気の良い声が入り乱れ、賑やかな雰囲気が漂っている。「おい、利家、ここ傾奇町だろ、ちょっと怖くね?」


今いるこの『傾奇町』は日本屈指の歓楽街であり、大人の遊びがすべて揃っている夢のような町だ。しかし、悪い噂も色々と聞く場所だ。


利家は僕に一瞥をし、不敵に笑い出した。「大丈夫だって、何事も経験だろ?しかも今夜の俺は一味違うぜ?」そう言って、財布から札束を取り出し、団扇のように扇ぐ。「どうしたんだ、そんな大金。ざっと二十万くらいあるだろ?」


「パチンコで万発出したんだよ!だから今日は俺に任せておけよ。そして今夜行く店は、なんと今、傾奇町No.1と名高いキャバクラ、イーストブルーだ!」


「イーストブルー!?」

それは芸能人や業界人御用達の高級キャバクラだ。「良いのかよ、そんな高い場所!俺、金ないぞ!?」


「この前、俺の方が奢ってもらったからな。」


「一生ついていきます先輩!」


「調子いいなお前は。」

会話もそこそこに、イーストブルーに到着。重い扉を開けると、絢爛豪華な内装に二人して呆然としてしまった。「すげぇ…」


「お…おい、何ビビってんだよ。入るぞ。」

僕たちは思わずその場に立ち尽くす。「いらっしゃいませ。」店に入ると、黒い燕尾服に身を包んだガタイの良いウェイターが仰々しくお辞儀をしてきた。


「本日お客様の担当をさせて頂きます、朝比奈と申します。本日はご予約いただきありがとうございます。今宵は心ゆくまでお楽しみください。」


「は、はい!」

緊張しながら返事をし、ウェイターに導かれて席に着いた。内装から客層に至るまで、まるで別世界のようだ。


「利家、俺たち浮きまくってないか?」


「おいおい、男ならどーんと構えとけ。今日は全部俺が持つんだから。」


「お、おう。」

利家の言葉に勇気をもらい、少し緊張が解けた気がする。


「失礼いたします、こちらメニューでございます。女性の方は少々お待ちください。」

ウェイターがメニューをテーブルに置くと、店の奥に戻って行く。


「やっぱりすげえな、何から何まで一流って感じだな。」

利家が感心したように言った。


「あぁ、こりゃ食べ物も女の子も期待できるな。」

俺も頷きながら、メニューを開いて一番目立つところに書いてあるオススメを指差した。「このフルーツ盛り合わせとか頼むか?」


「お!いいな、それ。それじゃあ、酒はドンペリ頼もうぜ!」

利家は目を輝かせて子供のように言った。


「流石にドンペリは高いだろ、値段見てみろよ。」

俺は利家を嗜める。


「このメニュー金額が何にも書かれてないぞ。」利家は不思議そうに言う。


「やっぱ怖くねえか、値段も分からないし今からでも出るか?」

俺は心配になり、再度メニューを見直した。


「何言ってんだ、今日の軍資金見ただろ?大丈夫だって!」

利家は胸を叩き、自信たっぷりに言った。


「それもそうだな!」

僕は心配したが、利家の様子を見て不安を払拭し、ウェイターに注文を伝えた。


しばし待つと、注文の品が運ばれてくる。その時、ドアが開き、華やかなドレスに身を包んだ女性たちが入ってきた。彼女たちの存在感に、思わず目が奪われる。


「お待たせいたしました、こちらが今夜の担当です。青いドレスの方がレイカ、黄色のドレスがミユキでございます。」

ウェイターが紹介すると、二人の女性は軽やかにお辞儀をし、笑顔を見せる。


レイカは華やかな青いドレスに身を包み、長い黒髪が美しく流れている。ミユキは明るい黄色のドレスで、ショートカットの髪型が爽やかさを引き立てている。


「よろしくお願いします!」

レイカが明るく声をかけると、ミユキもニコリと笑いながら続ける。「今夜は一緒に楽しみましょうね!」


「こ、こちらこそよろしく!」

少し緊張しているものの、彼女たちの明るい雰囲気に徐々にリラックスしていく。


「ドンペリ、あるじゃないですか!」レイカが優しい笑顔で尋ねてくる。


「この前臨時収入があってさ」と利家が自信満々に答える。「そうなんだ、今日は利家が奢ってくれるからさ。」


「そうなんですね!それなら、私たちも盛り上げますね!」

レイカの言葉に、俺たちの心が少し軽くなる。


ウェイターが慣れた手つきでボトルを開けるのを見守り、金色に輝くドンペリが入ったグラスが四人に行き渡った。


「今夜は楽しもうぜ、じゃあ乾杯!」

利家がグラスを持ち上げると、僕と女の子二人もそれに合わせた。こうして傾奇町の夜は始まり、笑い声と共に楽しいひと時が流れていく。明るい光と賑やかな音に包まれたこの場所は正に極楽浄土だった。


しかし、宴もたけなわ、楽しい時間はすぐに終わり、気付けばお会計の時間だ。


「いやー楽しかったよ、お会計お願い。」

「え〜もうそんな時間なんですね、寂しい。」

「明日も仕事だから、また今度ね。」

「失礼します。こちらお会計になります。」

ウェイターが伝票を手渡すと、目ん玉が飛び出る額が記載されていた。


「え!?百五十万!?」


目の前の伝票を見つめ、心臓が急激に早鐘を打ち始めた。まさかこんな額になるとは思ってもみなかった。「百五十万…?」その言葉が頭の中で何度も反響する。利家の豪快な笑顔が、まるで悪魔のように感じられる。


「僕たち、こんなに使ったのか?」声が震えた。心の中で冷静さを保とうとするが、恐怖が隠せない。


利家も驚いた様子で伝票を覗き込む。「え、え!?…ちょっと待て、これおかしいだろ!?」彼は狼狽し、顔色が青ざめていく。高級キャバクラの華やかさが、一瞬にして暗雲を呼び寄せたようだ。


「どうする、藤吉…?」利家の声は少しひ弱になりつつあった。二人とも、当初の楽しさはどこへやら、現実の厳しさが一瞬にして襲いかかってきた。


「ちょっと待てよ、これ本当にちゃんとした金額なのか?確認してくれ!」利家はウェイターに向き直る。自分の心臓の音が耳に響く。まるでサバンナで捕獲される獲物のような気分だ。


「申し訳ありませんが、こちらの料金は全て明示されています。ドンペリの金額は確かに高額ですが、チャージ料金と特別なサービスを受けられたことをご理解ください。」ウェイターは冷静な口調で答える。その姿勢に、さらに恐怖が増す。


「特別なサービス…?」藤吉は思わず言葉を失った。ふと、周囲に目を向けると、明るい笑顔を見せていたレイカとミユキが、今はどこか遠い存在のように感じられた。彼女たちの笑い声が、まるで悪夢の中の囁きのように聞こえてくる。


「俺たち、どうする?これ払えないよ…」利家は焦りを隠せず、周りの目を気にしている。「何とかするしかないだろ!」と必死に声を張り上げるが、彼の表情はすっかり青ざめている。


「お金、どうする?クレジットカードは…?」藤吉は自分の財布をひっくり返してみるが、手元には十分な金額も、カードもない。心の中で焦りと絶望が渦巻く。


「どうしてこうなったんだ…何を考えていたんだ、俺たちは…」利家が頭を抱える。その姿を見ていた藤吉は、彼の肩を叩く。「落ち着け、利家。まずは冷静に考えよう。」


「でも、これをどうにかしないと…」利家の声は震えている。藤吉は思考が混乱するのを必死に抑え込み、何か解決策を見つけ出そうとする。


「い、一度店の外に出て考えよう。」藤吉は思わず提案した。何とかこの場から逃げ出す方法を探りたくなった。


「いや、待て。逃げるなんてできないだろ。こんな額、どうにかして払わなきゃ…」利家は不安に満ちた目で藤吉を見つめている。


その時、ウェイターが冷静に言った。「申し訳ありませんが、ここでのご利用には現金またはクレジットカードによるお支払いが必須です。お支払いがない場合は…」


「ま、まさか…?」藤吉は言葉を失った。周囲の視線が二人を取り巻き、冷や汗が額を流れ落ちる。


「我々、傾奇町で働く者として、精算だけは何が何でもして頂きます。出なければ、今まで築き上げてきた面子が丸潰れになりますので。」

ウェイターが手を叩くと、二人の黒いスーツに身を包んだガタイのいい男たちが現れ、俺たちの手首を掴み、店の奥に連れていこうとする。


「お願いだ、助けてくれ!」


「騒がしいわね、何事かしら?」

「オーナー!?」

今まで冷静沈着だったウェイターが、見るからに動揺している。


オーナーと呼ばれるその人物は、華やかなドレスに身を包み、化粧が少し厚すぎるのだが上品さを湛えた女性だった。

オーナーは冷静さを保ちながら店内を見渡し、その視線は藤吉と利家に向けられた。彼女の存在感は圧倒的で、周囲の空気が一瞬にして変わる。


「何が起こっているの?」

オーナーが問いかけると、ウェイターは少し後ずさりしながら説明を始めた。「お客様が…お支払いをされていないのです。伝票の金額が百五十万で…」


「百五十万?」オーナーは眉をひそめた。「それは大変ですね。しかし、ルールはルール。お支払いがない場合は…」


「お願いです、少し待ってください!」藤吉は思わず声をあげた。心の中で焦りが渦巻いている。「今、何とか考えますから!」


オーナーは藤吉の目をじっと見つめ、その目に何かを感じ取ったようだ。「あなたたち、傾奇町に来たのは初めてですか?」


「え、ええ…」藤吉は頷いた。周囲の目が気になり、心臓が高鳴る。「でも、そんな大金を用意するつもりは…」


「なら、私から提案があります。」オーナーは微笑みを浮かべた。「お金がないなら、他の方法で支払いなさいな。」


「他の方法…?」利家が驚いた表情で尋ねる。


「この傾奇町では、ある伝統があるの。「傾奇比べ」と言って、大事な物を賭けて戦い、勝った方の言うことを何でも聞かせるという習わしがある。この方法でなら貴方達も百五十万円という大金を精算することが出来るのよ、それなりの対価は賭けてもらいますけど。」


俺と利家は顔を見合わせてアイコンタクトでお互いの意思を確かめ、「「やります」」と決意が一致した。


「良い選択ね、掛金の確認だけど、私達は百五十万円、貴方達にはこのお会計の十倍、一千五百万を賭けてもらうわ。」


「待て!一千五百万、そんな大金絶対払えるわけ無いだろ、足元見やがって!」


「黙りなさい、男が二言を言うな!元はと言えば貴方達が分不相応にも私の店で飲み食いした結果じゃない。こちら側の百五十万だって、そんじょそこらの人達が何ヶ月も死に物狂いで働いて稼ぐ金額なのよ。それを一晩で精算できる可能性があるのだから、喚くんじゃ無いわよ。」

利家はオーナーの気迫に押され黙り込む。


「ゲーム内容は何だ?」

「そうね、傾奇町名物【チンチロ】にしましょうか。」


「オーナーもお人が悪い。」

「それがこの町のやり方よ。さあ、準備はいいかしら?」


「ここまで来たらとことんやってやるよ!」

「目に物見せてやろうぜ!」

再度気持ちを盛り上げ、一世一代の大勝負に僕達は挑む。ウェイターが壺とサイコロを掲げ音頭をとる。

「入ります」

一瞬の静寂の後、壷にサイコロが投げ込まれ机の上に叩きつけられる。この一勝負に今後の人生の明暗が決まる。

『丁ぉぉ!』という声が、傾奇町の夜に響き渡った。

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