第4話
そこには信頼と、何か別の熱を孕むような光が宿っている。
その眼差しに、俺の胸がきゅっと締め付けられる。
(この娘と一緒なら……俺は本当に、強くなれるかもしれない)
半ば酔ったようにそう考えていると、龍華が咳払いをして言った。
「アンタ、そろそろ手を離せよ。……こういうのは、もっと特別な時にしろよな」
て、照れくさそうに視線を逸らす龍華。
その反応に、俺は慌てて手を離した。
「あ、ああ、悪い……」
「別に、い、嫌とは言ってねえよ。たまにはそういうのも……」
ボソッと呟く龍華に、俺の心拍数がさらに跳ね上がる。
二人の間に、微妙な空気が流れる。
その時、龍泉寺の門が不意に開いた。
「――来たか、李龍華」
低く、渋い声が響く。
振り返れば、そこには初老の男の姿があった。
身長は俺よりも一回りは大きい。
筋骨隆々とした体躯に、迫力ある風貌。
普通の人間とは一線を画す気配を放っている。
「お……お父上……!」
その男を見て、龍華が息を呑んだ。
龍仙だ。
龍華の父親であり、龍牙幇の宿命を背負う男。
「フン、随分と見劣りする面子を連れてきたものだな。特に……そこの薄ぼっちゃりした若造、お前は何だ?」
鋭い眼光を俺に向ける龍仙。
その鋭すぎる視線に、思わずたじろいでしまう。
しかし、動揺を悟られるわけにはいかない。
俺は背筋を伸ばし、龍仙を見据えて答えた。
「俺は相川祐樹だ。龍華のパートナーとして、ここに来た」
「パートナー……? ふざけるな。こいつの守護者は俺だ。他の誰でもない」
冷ややかな笑みを浮かべる龍仙。
その態度に、龍華が怒りを露わにした。
「ふざけてんのはアンタの方だろ! 祐樹は、アタシが認めた男だ。アンタなんかよりずっと頼りになる!」
「黙れ、龍華。お前に男を選ぶ資格はない。それに、たかがこの程度の男に何ができる? 笑わせるな」
「な……! アンタ、祐樹を見くびるな! 今のアタシは、この男と一緒じゃないと──」
「龍華、いい加減にしろ」
遮るように、龍仙が言い放つ。
その鋭い眼光に、さすがの龍華も言葉を詰まらせてしまう。
「祐樹……」
心配そうに俺を見やる龍華に、俺は静かに告げた。
「大丈夫だ、龍華。たとえ相手が龍仙だろうと、俺は引かない」
「……恩着せがましい言葉を吐くな、若造。……龍華、お前は今すぐ俺のもとに戻れ。龍牙幇を継ぐのは、お前の宿命なのだ」
そう言って、腕を組む龍仙。
まるで、すべてを自明のものとするような物言いだ。
「……龍華には、龍華の人生がある。アンタの思惑通りに動く義理はない」
「なんだと? 生意気な……」
「龍仙、もういいだろう。龍華の意志を尊重するのが、親の役目ってもんだ」
そう言って、俺は龍仙に歩み寄る。
真っ直ぐに、彼を見据えて告げた。
「龍華は必ず、自分の人生を切り拓く。そのためなら、アンタとだって戦う覚悟がある」
「……ほう。随分と息巻いているようだが、所詮はお前如きの戯言だ。龍華を連れ帰る。それが俺の意志だ」
「そうはさせない!」
怒号とともに、俺は龍仙に拳を叩きつける。
しかし、あっけないほど易々と避けられてしまう。
「遅い。……こんな奴に何ができる」
冷笑する龍仙。だが、俺も怯むつもりはない。
「できる。アンタを倒して、龍華の自由を勝ち取ることぐらい」
そう啖呵を切って、再び拳を振るう。
龍仙は呆れたようにその拳を受け止めると、俺の胸倉を掴んだ。
「小僧……お前には、百年早い」
「ぐっ……!」
鋭い痛みが全身を駆け巡る。
だが、俺は食いしばった歯の間から言葉を絞り出す。
「俺は……龍華のために…… あの娘を、絶対に…… 自由にしてやる……!」
その覚悟を込めた言葉に、龍仙の眉がわずかに動いた。
そして、ふと口元に笑みを浮かべる。
「……言ってくれるじゃないか。いいだろう、それなら俺が相手をしてやる。お前の覚悟……その身で味わうがいい!」
そう言うと、龍仙は俺を地面に叩きつけた。
激痛に全身が悲鳴を上げる。
「祐樹!」
駆け寄ってくる龍華を制して、俺は這うようにして立ち上がる。
「来い、龍仙……! 俺は、負けない……!」
フラフラと体を揺らしながら、それでも拳を構える。
龍仙はニヤリと不敵に笑うと、構えを取った。
「いいだろう。その覚悟……存分に見せてもらおう!」
「うおおおおっ!」
「せいやああっ!」
俺と龍仙の拳が、宙で激突する。
まばゆい閃光が辺りを包み込み、凄まじい気合いの波動が周囲を震わせた。
土煙が晴れると、そこには二つの姿が――。
「龍仙……アンタの拳は、確かに強い。だが、俺にも龍華を守る覚悟がある。その想いは……負けない!」
「……フン。やるじゃないか、小僧。龍華に認められるだけのことはある」
互いに笑みを交わす、俺と龍仙。
そこには、拳と拳でぶつかり合った者同士の、ある種の共感があった。
「……龍仙。実のところ、俺は『龍の婿』の生まれ変わりなんだ」
唐突に、俺はそう告げた。
「なに……?」
「アタシの夫の生まれ変わりだって……? じ、じゃあアンタ、前世でアタシと……///」
顔を赤らめる龍華に、俺は苦笑しながら言う。
「ああ。だから俺は、どんなことがあってもアンタを守る。……それが、アンタに課せられた、『龍の婿』の宿命なんだ」
「祐樹……」
瞳を潤ませる龍華。
対する龍仙も、驚きを隠しきれない様子だ。
「龍の婿の生まれ変わりとは……それは本当なのか?」
「ああ、間違いない。アンタとの戦いで、その記憶を思い出したんだ」
「そうか……だが、龍の婿だからといって、龍華を連れていく権利があるわけではないぞ?」
「ああ、わかってる。でも、俺は龍華の自由のために戦う。過去に縛られるんじゃなく、自分の意志で未来を選ぶために」
俺の言葉に、龍華が目を見開く。
そして、静かに頷いた。
「……わかった。アタシも、自分の人生を生きる。祐樹と一緒にな」
「おお……よく言った、娘よ。ならば、もう心配はいらんな」
そう言って、龍仙は満足げに頷く。
まるで、すべてを悟ったかのような、達観した笑みを浮かべながら。
「よし……なら、行け。お前たちの、新しい旅の始まりだ」
そう告げる龍仙に、俺と龍華は驚きの声を上げる。
「え……!? お父上、アタシたちを……?」
「認めてくれるのか……!?」
「ああ。お前たちの覚悟、そして絆を信じよう。自分の人生を、その手で切り拓いていくがいい」
そう言って、龍仙は俺たちに背を向ける。
まるで、見守るように。
「……ありがとうございます、お父上! アタシ、必ず自分の人生、生きてみせます!」
「俺も……龍華と共に、運命を切り拓く! 見ててください……!」
感極まった面持ちで告げる、俺と龍華。
龍仙はそれを聞くと、満足げに頷いた。
「フン……期待しているぞ、龍の巫女と龍の婿よ」
そう言い残して、彼は背を向けたまま、龍泉寺の奥へと消えていった。
残された俺と龍華は、感慨深げに見つめ合う。
「やった……アタシたち、自由になれたんだ……!」
「ああ……苦難の日々も、ようやく終わりだ。これからは……」
「うん。アタシとアンタの、新しい人生が始まるんだね」
そう言って、龍華はそっと俺の手を握った。
その温もりに、俺も微笑みながら手を重ねる。
「ああ。アンタと一緒なら、どこまでも行ける気がするよ」
「……バカ。もう、アンタなしじゃ生きられないだろ。……だって、アタシの『龍の婿』なんだから」
頬を赤らめながら、龍華がそう言った。
その愛おしげな視線に、俺の鼓動が高鳴る。
そっと龍華を抱き寄せながら、俺は誓った。
「必ず、アンタを幸せにする。俺たちの絆を、誰にも引き裂けないように」
「……ああ。アタシとアンタは、一心同体だ。……だから、ずっと傍にいてね」
「ああ、もちろんだ。アンタと共に歩むのが、俺の生きる道だから」
龍華を優しく見つめながら、俺は言葉を紡ぐ。
「龍華……愛してる。これからもずっと、アンタの夫として」
「祐樹……アタシも、愛してるよ。ずっと」
甘やかな笑みを交わし合い、俺たちは強く抱擁を交わした。
まるで、この瞬間を永遠のものにしたいと願うように。
長く、長く続く抱擁。
空から差し込む光が、二人を優しく照らし出す。
まるで祝福のように。
これが、『龍の巫女』と『龍の婿』の絆の結晶。
武術と愛の力で、彼らは仲間と共に戦い抜き、平和を勝ち取る。そして新たな伝説の、始まりの瞬間でもある。
『龍牙幇』の後継者となった俺と龍華は、これから様々な苦難や敵と戦っていくことになるだろう。
だが、二人の絆は決して揺るがない。
互いへの愛を胸に、俺たちは歩んでいく。
どんな運命が待ち受けていようとも。
これからの未来を、共に切り拓くために――。
龍と呼ばれた彼女 @hukurou888
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