余地
@gotou_reiya
第1話
基本的には自堕落で、誰が見ても恥ずかしくないとは言えない人間の話。
夜の繁華街のライトと車の音に飲み込まれそうになりながら千鳥足で向かう先は三軒目のバー。暗めの照明でカウンターのみの見慣れた店内と四十手前のいつものマスター。
「いらっしゃい、久しぶりだね」
「お久しぶりですね、ちょっと今日は飲みたい気分で」
「いつもの事じゃないか」
マスターは少しはにかんで言う。
否定はしないが、認めたくはない。なぜなら今日は特段嫌なことがあったからだ。なけなしの金を握りしめて飲み歩くのには相当の理由があると思っている。
「タリスカーのソーダ割りを」
「はいよ」
いつもの店でいつものお酒を頼む。
だが、ただ一つ見慣れないのは、カウンターの1番奥に普段見かけない女性客。少し背が高く、小綺麗で綺麗な黒髪。
こんな店には似合わないなと思いながら席を二つ開けた先から少し眺める。
あちらも少しこちらを見て、目が合ったので軽く会釈をした。
「どうも...」
すると女は少し薄ら笑いを浮かべて言う。
「どうも、あまりこの辺じゃ見かけないですけど、今日は...」
最後の方はあまり聞き取れなかった。しかもそれはこっちのセリフだ。ここは地元の店で、普段飲んでいる俺が知らないのだから。
言い返しても良かったが、言葉と一緒にハイボールを流し込む。
「今、こっちのセリフだって思ったでしょ」
言葉と飲み込んだつもりのハイボールは、喉の途中で驚きと共に吹き出された。
少しニヤけたような、全て見透かされるような笑顔で見つめられると、今恥ずかしいと思っていることですらバレてしまってるのではないかと錯覚する。
別にバレたところでいいのだが、何故か少し気恥ずかしい。
「な、なんで分かったんですか?」
「そりゃ〜顔にでっかく書いてあったからね」
続けて女は言う
「あなたの事はなんでも分かる...そんな気がするの」
なぜか含みのあるような言い方をするが、完全に初対面で気持ちが悪い。いや、きもい。
今俺の前に鏡があるのなら、それに映る俺の顔は相当引きつってるだろうなと思う。
「あなたは、私に見透かされた事を恥ずかしいと思ったし、今私の事をきもいとも思ってるでしょ」
全てバレている。何故なのか理解ができないし、理解できる方法が分からない。理解に辿り着ける気がしなかった。
「まぁ、理解しなくてもいいしさ、取り敢えず飲もうよ」
また見透かされたという、恥ずかしくもあり、なんとも言えない感情を脳が気づく前に寄せられたグラスに自分のグラスを合わせていた。
乾杯の音で少し目が覚めた。半開きの瞼を擦り、少し癖のあるハイボールを流し込む。
「あっ」
と思い出したようにマスターに喋りかけたが、割り込むように女が喋り始めた。
「マスターも一杯どうぞ。そういや最初に言うの忘れてましたね。」
俺が言おうとしてた事だ。ここに来たら最低一杯はマスターに奢ると決めていた。マスターはいつも要らないというのだが、1人で来ているし、よく分からない罪悪感がある。
余地 @gotou_reiya
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