第2話 足音
山菜取りに戻った陽佐志はいつもと違う山の違和感にすぐに気づいた。
不気味な山風が、陽佐志を山の奥へ引き込むように唄っているような気がしたのだ。
やはりおかしい。いつもよりも山が静けさに包まれているようだった。いつも森が帯びている生命力が今日は乏しく虫も鳥も少ない。
更に曇り空も相まってか、山の中はいつもよりも薄暗くなっており、見通しも良くない始末。なんとも形容しがたい不穏な空気が立ち込めていた。
山菜をある程度集め終えて、下山しようと腰を上げた時だった。
遠くの方でかすかに聞こえた音を、陽佐志は聞き逃さなかった。
それは足音だった。
とても不自然な足音。自らの音を消そうという意志を宿した
それはきっと動物じゃない。明らかに人並みの知性を備えた"何か"だった。
足音はかすかな音で、ゆっくりと、歩いている。
そんな自分の存在を脅かす"何か"の足音は少しずつ大きくなってゆく。
こちらへと、近づいている。
陽佐志は慌てて大きな木の陰に隠れた。
音は確実に、少しづつ大きくなっている。
その時陽佐志は思い出した。
いつも村の人から忠告を受けたあの存在を。
忌むことも恐れることも忘れ、挙句存在すら忘れようというときに“それ”は現れたのか。
陽佐志はすっかり恐ろしくなり、次の瞬間、村へと一目散に駆け下りた。途端、後ろから聞こえる足音も陽佐志に合わせて加速する。
それが、追いかけてくる。
後ろを見ることも出来ず、陽佐志はひたすらに走った。
殺されてしまう。
実態を得ない恐怖が陽佐志の足を前へ前へと細胞レベルで押し出してゆくのを感じた。
走れ、もっと速く。
陽佐志は頭に血が巡るのを感じた。視界が少しずつ赤くなってゆく。
幼い時からずっとそうだった。
陽佐志は、激しく動くと一時的に視界が赤くなってしまう。
死から逃げる陽佐志の視界は、いうまでもなく、赤く染め上げられていた。
麓を駆け抜け、明かりが見えた。
気づいたら足音は聞こえなくなり陽佐志は村へとたどり着いていた。
安堵と恐怖でその場に崩れ落ちた。
何事かと騒ぎになった村の中で、陽佐志は先ほど起きたことをすべて話した。
しかし、村人はみないまいち要領を得ない話しぶりに半ば困惑し、そのまま陽佐志の精神状態を心配する方へと関心が移っていった。
結局、その話も鬼を見たものがいるというわけでもないので、新しい動物か何かだろうという結論で、村人が陽佐志を納得させた。
本当にあれは何でもなかったのだろうか...。陽佐志は自分を完全に納得させられることはできなかったが、考えても恐ろしいだけなので、ひとまず不確かな恐怖に蓋をすることにした。
その時、陽佐志は初めて後ろを振り向いた。
山はやはり死んでいるかのように静かだった。
息切れの名残りで、赤くなった視界も相まって、その山は地獄の入り口のようにすら見えた。
皆はその日、安心して眠った。
しかし、次の日山から下りてきた源から語られる昨夜の真実は、村人全員の背中を凍りつかせた。
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