何度目でも君を

@2qa3_0

何度目でも君を

 同じ時間を繰り返す。何度も何度も何度でも。

 呪われているみたいに死に誘われる君が、生きられる未来を探し続ける。

 もう何度目だろう。炎天下の中、公園のベンチに座り込んで息をついた。隣には工事中と書かれた看板がある。

 前回も君は死んだ。鞄が電車のふちに引っかかって、止まらない電車に引き摺られて。君の死体だって数えきれないくらい見たのに、涙が溢れてその場で吐いた。すぐそばで生きていた君が息絶えたのを見るたび、自分も死んでしまいたくなる。

 タイムループは自分の能力だった。自分の意志で君を救うために過去に戻ることを選択していた。今の君は能力のことを知らない。何度も説明をして過去に戻るたび、記憶はリセットされるから知っているわけがないのだ。

 一番多いのは事故だった。その次に他殺。自死はない、それだけは救いだった。君は好んで死なない。

 ただ、どうすれば死を避けられるのかは何度繰り返してもいまだに分からない。事故や他殺の事象を避けても避けても、また新たな要因が現れる。そういう運命なのだと告げられているみたいに。

 頭がぐるぐるする。他人に助けを借りたこともあった、代わりに人を殺したこともあった。思いつく手は全てといっていいくらい試した。それでも君は生きられない。

 前髪をぐしゃりと握る。限界に来ていた。息苦しくて体が重たくて捻られたみたいに内臓が痛む。早く諦めるべきなのだと、何度目かのタイムループからずっと心の端に留めていた考えが浮かび上がってきた。

 君は、本当は、死ぬべきなのだと。


「どうしたの?」


 不意に声が聞こえて、勢いよく顔を上げる。君が自分の顔を覗き込んでいた。近づいてきたことにすら自分は気づいていなかったらしい。


「顔色悪いね。大丈夫?」


 心配そうに君が手を伸ばしてその手が頰に触れる寸前で、その細い手が血に塗れた過去の風景がフラッシュバックする。喉の奥からひゅっと空気が漏れて、思わず君の手を払った。


「大丈夫、だよ。気のせいじゃない?」


 反射的な行動が気まずくて君から視線を逸らす。君はびっくりして目を丸くしたまま固まっていた。

 君が死ぬのを見過ごそうとしていた、なんて言ったら君はどんな顔をするんだろうか。もし君が死んでそのまま時が続いて、自分は、どうやって生きていくのだろうか。

君の、細い首に目を向ける。首に両手を這わせて力を入れる。それだけでいいのだと、知っていた。

 君が死ぬのだとしたら、死ぬのを止められないのだとしたら、一緒に死んでしまえばいい。狭まった視界のまま、その首に両手を伸ばした。


「いいよ。」


 その声にぴたりと手が止まる。視界が開けて、自分を真っ直ぐに見据える君と目が合った。


「なに、が。」


 掠れた声が喉から漏れる。


「貴方が何を悩んでるか分かんないけど、苦しいなら逃げたっていいんだよ。貴方は頑張り屋だから、死んだ方がましなくらい諦めるのは嫌だろうけど。」


 これまで何をしてきたか、君は知らない。自分が何をしようとしてるかも、君は知らない。それでも伸ばされた自分の手を気遣うみたいに両手で君は握る。

 その瞳はずっと変わらない。誰に対しても揺らがず、人を疑うことを知らないように淀みがなく、困難があってもその光は消えない。

ああ、だから、だ。自分が足掻いていた理由を思い知らされる。


「……泣くくらいしんどいのを、大丈夫って言っちゃだめだよ。」


 視界が歪んで、ぼろぼろと涙が溢れ出ていた。自分の手を握ったまま君は困ったように笑う。

 好きだ。ずっとずっと、ずっと。

 笑うとき下がる眉も、小さいのを気にしている紅葉みたいな手も、ご飯を食べるのが異様に速いところも、運動神経は良いのに球技が苦手なところが、機微に疎いくせに他人を助けたがるところも、全部、ぜんぶ好きなのだ。

 だから、ずっと足掻いていた。だから、ずっと救おうとしていた。だから、ずっと一緒に生きられる道を探していた。

 当たり前にあった感情にようやく気づいて、ふるふると首を横に振った。


「今度こそ、本当の本当に、大丈夫。」


 涙は止まらない。けれど心は決まった。自分の言葉に、君は不安そうな表情を浮かべたまま、自分自身を納得させるみたいに頷く。

その、瞬間だった。

 なんの前触れもなく君の頭上に大きな物体が現れて、ぐしゃりと激しい音がした。血と肉が爆発したみたいに散らばって全身を赤く染める。君がコンクリートの塊に潰されていた。

 頭上に影を作るクレーン車のクレーンから、切れたワイヤーがぶら下がっていた。自分の手を握っていた両手だけが中空に浮いて残っている。

 周りの悲鳴は耳が麻痺したみたいに聞こえなかった。何度目かなんて分からない。痛くて泣きたくて死にたくて仕方がない。けれど。

 何度繰り返しても、必ず君を生かす。そう決めた。どうすれば救えるか分からなくても、二度と諦めたりなんてしない。まだ温もりの残る手をそっと抱きしめた。

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