やくざが雨をしのいだのち

高柳孝吉

やくざが雨をしのいだのち

 雨が降っていた。一人のやくざもんが、雨か、或いは何か別のものからしのぐように一軒の宿屋に入って来た。

「お客さん、今日はお泊まりで?」

宿屋の主人はやくざもんに訊ねた。

「いや、ちょっとね…。ーーそうだな、雨宿りをしたくて」

入口の裾から女中らしき女が出て来た。

「例え短い雨宿りでも一晩分の料金は頂かなくちゃいけねえですが」

主人の応えにやくざもんは寂しそうな顔をして、 「それじゃ雨か、又は別のもんに撃たれなきゃならねえ様だな」

やくざもんは寒い中何か意を決した様にジャンバーを脱ぎ、上着を脱ぎ、Tシャツ一枚の姿になった。 「おじさん、短い間でも雨宿りさせて貰って済まなかったな」

その時、何かを察した様に主人は、 「お前、やくざもんだろ、狙われてるのか?」

やくざもんは、宿屋を出て行きしな

「まあな、この前で友達が待ってるんだ、俺の腹に銃弾をぶち込もうとしてな」

下駄箱への引き戸をを開けた。

「待って!行っちゃ駄目!」

突然主人の後ろにいた女中が叫んだ。やくざもんは一瞬振り向きかけた。が、すぐに下駄箱で靴を履いた。

「巻き込まれるぞ」 ドアに手を掛けた。 女中は、散々煩悶した挙げ句、しばらくして諦めた様におもむろに一本の傘を差し出した。

「雨に濡れちゃうわ」

と涙声で囁いた。

「ーーありがとう。借りとくよ」

「必ず返しに来てね」

「ああ、来週暇が出来たらな」

やくざもんは、ドアを開け、傘をさすと雨が降り続いている街路樹へ出るて、ゆっくりドアを閉めた。


  耳をつんざく様な銃声が何十発も響いた。しばらくして、傘が地面に落ちる静かな音がした。

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やくざが雨をしのいだのち 高柳孝吉 @1968125takeshi

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