第5話

新学年になって最初の授業は、大抵新しい先生の自己紹介ではじまるが、稀に授業時間ずっと自己紹介になる先生がいる。

今年では、国語の郡道先生がそれだった。

郡道先生は図体の大きい古参の先生で、あと数年で定年という歳だった。

彼は生徒を覚えるためと称して、1人ずつ生徒の名前の読み方を当てていくことになった。

その時は33人いたので、1人ずつ丁寧にやっていけば1時間では終わらず、次の時間も途中まで自己紹介の時間になった。

「えっと、倉井……。しいな?で合ってるか?」

「はい……。」

「椎名かー。苗字ではよくあるが、名前では珍しいなあ。意味は?」

「『しい』の字が、せぼねの意味があるので、芯のある人になって欲しいという願いと、『な』の字が、名前が残るような偉業をして欲しいという願いが、あるらしいです」

「そうかー。まあ、椎名で合わせたら、殻ばっかりで中身のない!みたいな意味になるらしいけどな!がっはっは!!」

私の第一印象は豪快で気遣いが足りない、という感じだった。

「佐藤……『さき』ちゃんか?」

「ちゃん付けってやば!!」

「しかも『さき』じゃなくて『ゆき』なんですけど!!」

「そうか、ゆきちゃんか!!しかしいいなあ、幸せに希望とは、縁起のいい名前だなあ」

だなんてセクハラ紛いの発言をしたり、

「えーと、そこのうるさいお前は……。谷口!『めな』、か?」

「違いますー!『めいさ』です!!」

「めいさ!!そうか、野菜、でさいとも読むもんな!しかしまあ、植物に愛された名前だなあ、これはもしや将来は農学部か?」

「ええ、やだあ、そんなダサそうなとこ!」

だなんて谷口さんを馬鹿にするような発言をしたりしたけど、案外クラスメイトたちはこの先生が好印象のようだった。

私自身は

「次は、西野、かえか!いい名前だな!よく栄える!!じゃあ次、野村……」

と読みの確認もされずにすぐ終わったから安堵したものの、じゃあもしここで私が「『かえ』じゃなくて、『よしえ』です」なんてことを言ったらどうなったのかな、なんて頭によぎった。

この人の印象を決定づけたのは御堀さんのときだった。

「えーっと、珍しい名前だなあ……。

ごぼり……ごりかだろ!」

郡道先生がそう言った時、クラス全体で爆笑が起きた。

この時はまだ、今のように御堀さんが馬鹿にされていたわけではなかったが、少し下に見られている感じがあった。

それがこの発言で決定的なものになってしまった。

「ゴボリゴリって!!語呂良すぎかよ!!」

「ゴボリゴリってゴボウとゴリラとキメラみたい!!」

「あー、違ったか!それで、本当はなんていうんだ?」

「……みほり、きりかです」

「みほり!!御堀か!それにしても下の名前なあ!ごん、じゃなくてきん、の方で読ませたんだな!それにしても願いを詰めまくった名前だなあ、よろこぶという意味の『欣』に倫理の『倫』にめでたいという意味の『嘉』で欣倫嘉か!御堀欣倫嘉!自分の名前は大事にしろよ!」

「そうだぞ、ゴボリゴリ!!」

「あっはは、ゴボリゴリ、郡道にそう言ってもらえてよかったな!!」

そのインパクトで、御堀さんはクラスで1番下になった。

本人は遠目でもはっきり分かるくらい顔を赤らめて俯いていたのだが、郡道先生はそれに気づかず、「じゃあ次……」と何事も無かったように話を進めた。

谷口さんのひとつにまとめた髪が楽しそうに揺れるのに寒気がしたことを、はっきりと覚えている。

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