ソロ探索者キャンパーの地方旅行

カタクチザリガニ

本文

「さて…と」

 俺は探索者装備を身に付けて後部座席のスライドドアを閉めた。

 まだ9時半だし急ぐ必要は無いが、内心浮き立っているので足早にダンジョン受付に向かう。

 郊外の建物らしく小ぢんまりした探索者協会のドアを潜ると、すぐに役所じみた窓口の並びとお知らせや依頼が張り出された掲示板が目に付いた。

 良さげな依頼が無いか斜め読みして、特に無かったので受付に向かう。


「受付お願いします」

「はい、上野貞通さんですね。すぐ入られますか?」

「はい、このまま行きます」

「受付終了までに戻れない場合、オンラインで構いませんので必ず報告して下さい」

「分かりました」


 そう言いながら、返された探索者カードをウエストポーチにしまい、そのまま建物を通り抜けた。

 出口で手持ち品のチェックを受けて、ポリカーボネートの盾とチタンのショートソードを返してもらう。

 そこを出ると、どのダンジョンでもお馴染みのモンスター迎撃スペースを抜け、ポッカリ開いた穴、ダンジョンだ。


「よし、いくか!」


 俺は気合いを入れた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 今から18年前、世界中にダンジョンが出来た。

「ラノベが現実になった」と騒げれば良かったのだが、出来てすぐに中からモンスターが湧き出て来て、周囲に散らばった。

 最初に目撃した人達は、現実味の無い様子でスマホで撮影したりしていたが、最初の1人が襲われるとパニックが起こった。

 唖然と眺める者、撮影を続ける者、警察に通報する者、逃げ出す者。

 そのうち中から出て来る数が一気に増えて、漸く人達は一斉に逃げ出した。

 周りの建物から撮影していた動画は、今でも沢山ネット上にある。

 通報を受けた警察が漸く到着して、モンスターを攻撃したが中々渋とかった。

 いや、警察が生き物を殺し慣れていなかった、が正しいか。

 アメリカ等では銃のお陰で比較的被害は少なかった。

 そう言った意味では、元から治安が悪い国ほど早く立ち直った。

 この時現れたのは現在ゴブリンと呼ばれるモンスターで、この時は重症や死者は出なかった。

 だが、この現象は瞬く間にネットで拡散されて、お祭り騒ぎになった。

 そこまではまあ、良くは無いが良かった。


 問題は、ダンジョンがインフラを貫通した事だった。


 ダンジョンの数こそ多く無かったが、上下水道が寸断されて、場所に寄っては数千戸の家庭に被害が出た。

 元から複数の経路を確保している所なら良かったが、地形や予算の関係で、当時そんな場所は無かった。

 自治体はすぐに動いたが、国の緊急予算が下りるまで、多くが自衛隊の給水車による対応だった。


 すぐに自衛隊が調査に乗り出し、中の様子は無線を通じて対策本部に送られ、その情報を元に会議が行われた。

 その中にオタクが居たのだろう、最深部にコアがあって、それを破壊すればダンジョンが無くなるのではないか、となったらしい。

 だが、安全を重視したせいか、そう簡単に全てのダンジョンの最深部までは到達出来ずに、結局最深部への到達、ダンジョンコアの発見・破壊まで2週間程度かかった。


 ここで終われば一時的な災害で済んだが、その後もダンジョンは不意に現れ続けた。

 その度にインフラは寸断、モンスターが拡散されて、治安が悪化した。

 人々は自宅で避難出来るよう備えて、一時様々な物が品薄になった。

 それに合わせて転売が横行して、更に品薄に拍車が掛かった。

 国民は国に転売対策を求めて、国会議員へ署名を提出する騒ぎになった。

 フリマサイトに対して出品者はマイナンバーを届け出る事を義務付け、悪質な者は逮捕される事になった。

 そうなってから今度は、偽造マイナンバーが大量に発見された。

 偽造元は某国が主で、日本は重大な抗議をした。

 と同時に研究中だった新たな偽造対策が導入され、国民に配布された。

 すると今度は空き巣や強盗が増えた。

 最早警察のみに頼った治安は維持しきれず、警備会社が重宝され、連日株価が上がり続けた。

 そうした金が掛けられない・掛けたく無い人達はDIYで解決しようと、ネットで情報を交換した。


 一方で、こうした犯罪は外国人に拠る物だとして、排斥運動が巻き起こった。

 これまでも地域に馴染もうとしない外国人は対立し気味だったが、これを契機に益々対決姿勢を強めた。

 彼らはそれでも生活の為、日本人と商売を続けようとした。

 しかし、こうした世相から仕事は以前ほど上手く行かず、彼らはコミュニティ内で行動がほぼ済むようになっていった。

 そうなると当然、文化の違う地域住民が苦情を入れ、更に孤立していった。

 こうして、◯◯人街が各地で生まれた。


 一方地方、特に田舎とされる地域では、モンスターの駆除が追い付かず、各地で主に農・畜産業に被害が出た。

 河川の源流地がモンスターの集落に汚染される被害も続出した。

 自治体は、狩猟免許を持つ人達に協力を依頼したが、地方で猟銃を持つのは高齢者だらけだった。

 狩猟免許は取得ハードルが高く、猟銃所持は更に高い。おまけに更新や技能講習もあり、更に実際に猟をする時間とお金に余裕が無いと難しい。

 こうした理由により、田舎の若い世代は猟銃では無く罠猟をするようになっていた。

 それでもと頼んで山に入って貰うと、未発見のダンジョンを発見した。それも複数。

 自治体は慌てて自衛隊に連絡を取り、ダンジョンを破壊して貰った。

 こうした事が全国で頻発した。


 このような中、とある人が長波のラジオの不具合をネットに報告した。

 これに「もしかして、ダンジョンが関係あるかも?」となった一部の人達が調査して、それが期待通りとなった。

 この事がSNSに投稿・拡散されて位置の特定が容易になった。

 更にダンジョン内で魔石と呼ばれる物質が発見・調査され、それが新たなエネルギーとして活用出来る可能性が示された。

 こうして、ダンジョンは『ただの厄介物』から『産業に成り有る物』になった。


 だか、こうした物はインフラに属する為、買い取り価格が低く抑えられた。

 また、不便な生活や、いつまた出てくるか分からないモンスターも嫌われて、都市部では産業としてわざわざダンジョンを残そうとはならなかった。

 一方で仕事の無い田舎では土地が空いており貴重な産業という事で、比較的行きやすく守りやすい場所を選んで残された。

 その現状を受けた地方議員達が、国の新たな産業と災害の対応として、『ダンジョン省』を新たに認定・発足させた。


 こうして発足した『ダンジョン省』だが、どう管理するか議論された。

 ダンジョンからのモンスターの排出、無関係な一般人の入場に拠る事故、新たなダンジョンの破壊。

 結果、ダンジョン内部を探索出来る人を育成・認定して、そうした人達に緊急の対応の一部を任せられないか、となった。

 余りに性善説に拠る運営だとされたが、ダンジョン災害初期に内部の様子を無線で中継した事をヒントに、内部探索等の活動の際はライブ配信及び録画を義務付け、犯罪抑止にする事で纏まった。


 またダンジョンは破壊される様子から、いつ消えてもおかしくないとされ、ダンジョンの出入りを管理する建物は簡素にする事とされた。

 代わりに自衛隊や警察等から実力者に指導に来てもらえるようにした。


 ここから細々と有って、現在に至る。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 こうして三階を回ってるが、モンスターがそこそこ居る。

 既に慣れたゴブリンを相手に剣を振る。

 あっという間に倒れて、黒い霧になって消えて行く。

 期待してなかったが、何も残らなかった。


 わざわざこんな田舎のダンジョンに来るのは、田舎で生活したい奴か、俺みたいな娯楽半分な奴だけだ。

 生活したい奴は、こんな浅い所は飛ばしてもっと稼げる階層に早い時間に行ってる。

 俺は飯が美味く食える程度に体を動かせりゃ良いのさ。

 元からキャンプ趣味の時間潰しの一つなんだし。

 飽きたらキャンプサイトに行って焚き火でもすれば良い。

 まあ、金になるならそれに越した事は無いが。


「お、ここで初めて見る奴」


 他所では居るが此処では見なかったスライムが飛び出して来た。

 構えたが、スライムはこちらを気にもせずに何処かへ行こうとしている。

 何となく気になって跡をついて行ったら、とある行き止まりで壁に向かって体当たりしたと思ったら、そのまま消えていなくなった。


「は!?」


 俺の目には壁に潜り込んだか何かにしか見えなかったから、そこで暫く色々調べたが、結局分からなかった。

 壁は勿論、床や天井も分かる範囲で突いたりしたが、無駄だった。

 何だかこれ以上気が乗らず、ダンジョンを出る事にした。


「何か美味いものでも食って、気分転換しよ」


 キャンプサイトに来る途中のスーパーで、豚の味噌漬けが美味そうだったので、これとキャベツの千切りを買って来た。

 クーラーボックスに入れてある金のビールやポテチ達があれば充分。

 サイトに着いたので受付に行ってショップを見てたら、謎の漬物発見!

 店員さんに詳しく聞こうとしたが、「バンバはバンバやで」と言われて分からない。

 折角のキャンプだ、楽しんだ者勝ちって事で買ってみた。

 後で後悔するよりいいさ。


 借りた区画に車で乗り付けて、荷物を下ろしていく。

 到着時点で3時半過ぎ、まだ明るいし大丈夫。

 クーラーボックス、ギアボックス、寝袋、テーブル、マット、椅子、これで良いかな。

 グラウンドシートを敷いてから自立テントを組み立て、キャノピーも立てる。

 椅子とテーブルを組み立て、小さな五徳と焚き火台を用意。

 テントの中にマットと寝袋を敷いて完了。

 あ、ライトライト。

 さっき売店で買っておいた薪は…割らなくて良いか。

 前の残りの焚き付けに火を付けて、ホームセンターの細かい薪をその上に積んで置く。

 あとは米を水に浸けとくか。


 そういえば、あのスライム何だったんだろうな?

 椅子に座って柿の種をつまみにビールを一口。

 スマホでスライム・壁に消える、とか調べてみたけど出て来たのが何かオカルトっぽい動画。

 電池残量が気になるが、とりあえず再生。

 このスライム消失は専門用語で〜とかやってたが、結論詳細不明らしい。

 15分程で見終わって、まあ良い物見れたし暫く話のタネに困らないな、位で良いかなって自分は納得した。


 そういえばあのスライムは何処で出会ったのかな?と思ってダンジョンで撮影に使ってたカメラに連携してるスマホアプリを起動。

 自分のIDで動画サイトにアクセスして、データを流し込む。

 コイツの良い所は、ダンジョンの地図を買っておけば、スマホ上で現在地を表示してくれる所。

 それと今みたいにデータを入れると、動画と照らし合わせてこの時は此処にいた、と地図で見れる所。

 ついでに同じアプリを使ってる人とすれ違うと、その位置も記録したり、緊急時に関係機関に連絡出来たりで、まあ入れといて後悔は無い。

 もっと便利に使いたいなら課金してね、らしいけど俺は無料で良いです。

 データ読み込みに結構時間掛かるな。

 その間に固形燃料で米炊くか。

 そんなウダウダしてたら「すみません」と声を掛けられた。


「はい、何でした?」

「あの、少し火を分けて貰えないかなって」

「ああ、良いですよ。何処です?」

「あ、こっちです」


 その人の後を付いて行ったら、テーブルの上に小型の焚き火台が。


「いつも使ってたトーチがガス切れしてたの気が付かなくて」

「ああ、なるほど。コイツに付ければ良かったですか?」

「はい、お願いします」


 そこから今日は何処からとか、それ良いですねとか、何だかんだで30分位話して別れた。

 自分の区画に戻ったら、米が炊けてた。


 しまったな、今から豚を焼くのか。


 大人しくなってる焚き火に薪を追加して、熾火の所に鉄板を乗せ、温まったら豚投入。

 もう腹が減ってるので、お菓子を摘みながら豚をひっくり返す。

 勿体ないからビールに口を付けるが、やっぱり温くてこれじゃ無い。

 クーラーボックスに入れて置いたら、少しは冷えるだろうか?


 そうこうしてる内に豚が焼けた。

 シエラカップにキャベツの千切りを盛り、その上に豚オン。

 米の入ったクッカーの蓋を開けて晩飯完成。


「いただきます」


 まず米を口に入れてから豚。

 味噌の濃い味が米と合わさって想像通り美味い。

 買って良かった。

 空いた鉄板に豚をまた乗せながら、ひたすら掻き込む。

 このペースだと豚が余るな。

 まあその時はビールのつまみで良いか。

 そんな晩飯でした。


 一通り食って片付けて、テントでスマホに気付いた。

 腹いっぱいだし眠いんで、これは家に帰ってからで良いや。

 やっぱりダンジョンに行くと、良く寝れそうだ。

 そのまま寝袋に入ってランタンを消す。

 明日帰り道で温泉に入りたいなぁ。


 昨夜早く寝過ぎて早朝目が覚めた。

 まだ腹は減って無いし、取り敢えずコーヒーかな。

 外に出て、シングルバーナーで湯を沸かす。

 紙コップにインスタントコーヒー。

 時期が良いのに早朝はやっぱり寒い。

 焚き火は…面倒だし良いか。

 スマホを見ながら電池の残量を確認。

 寝る前にモバイルバッテリーに繋いで置いたから、まだ大丈夫。

 今日は晴れそうだし、寄って行ける温泉を検索。

 行きとは違う道だが良さそうな所を発見。此処に行こう。


 寝袋にもう一度潜ってスマホをいじってたら良い時間になっていた。

 昨日米を炊いたクッカーにコンビニの塩むすびを入れ、お茶漬けの元と水を入れて朝食。

 後は特に思い残す事も無いな。


 よし、帰るか。


 撤収してる時に、売店で買った漬物を思い出した。

 今更だし、家帰ったら食べよう。

 全部車に積んで受付に声を掛けて出発。


 今回も中々良かったな。

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