第13話

大気がうねる。


目の前にそびえるA-3タイプ──通称塔型兵装のゼロスペシーズが、空間ごと震わせた。

まるで都市そのものが“拒絶”されたような感覚に、背筋がひやりとした。


「ユウト、注意! 敵がフェイズ干渉フィールドを逆展開してくる!」


「干渉率、現在41%まで上昇……!」


「問題ない、視える」


俺は目の前の構造を、脳の奥で“読む”。

塔型のゼロスペは、高密度の情報核を中心に、多層構造で自己再生を繰り返していた。

まるで巨大な計算式が、自動で補完され続けているような存在。


「ならば……その数式を壊せばいい」


右手を掲げ、展開する。構造線が無数に走る。

それは建物の壁面を貫き、地面を這い、敵の内部へと侵入していく。


「Collapse.Node──入力完了。演算値収束」


「目標核の弱点発見。座標2-1-B──接合不安定領域!」


「そこだ──!」


叫びと同時に、構造が反転した。


塔型ゼロスペの“眼”が一斉に赤く染まり、直後、爆音のような咆哮が空間を叩いた。

その声なき波動が、ビルのガラスを砕き、地面を裂く。


だが、恐れる必要はない。

すでに、その“意味”すらも解析済みだ。


「ミラ、連携演算。干渉反射起動!」


「了解、ユウト!」


展開されたフィールドが一瞬だけ濃く輝き、直後、敵の構造波動が“押し返される”。

まるで相殺されたように、空間が収束していく。


「……反射成功。敵の干渉率、減衰中。35%へ低下」


「よし……今だ」


動いた。


重力を逆巻くような力が俺の足元を押し上げ、空間を跳ねた。

まるで空を蹴っているような浮遊感。量子補助加速装置リフト・フィードの起動。


「空中からの構造アクセス──再展開!」


塔型ゼロスペの頭頂部に、かすかな“切れ目”があった。

それは構造上、外部からのアクセスが最も届きにくいはずの部位──だが、俺の《デコード》には隠せない。


「Collapse.Axis──! 今度こそ……落ちろ!」


空中で両手を広げ、交差させる。


構造演算が一点に集中し、世界が一瞬だけ“止まった”。


──次の瞬間。


A-3塔型ゼロスペシーズの中心から、黒いひびが走った。

そのひびは広がり、やがて全身を包み込む。


まるで自己再生が間に合わず、構造が“理解できなくなった”かのように──


「構造崩壊、完了……敵性存在、消滅確認」


ミラの声が響く。


塔型の巨体は音もなく崩れ、粒子になって空に溶けていった。


「敵、完全に消滅。残りの二体も反応消失。干渉フィールド、解除へ移行中」


俺は地面に着地した。


風が吹く。


都市の歪みが、ゆっくりと元に戻っていく音が聞こえた気がした。


『──ユウト、聞こえる? こちら司令室。作戦成功だ。お見事』


ノイの声が入る。


「……はい」


『初陣でこれだけの成果、想定外もいいところよ。演算ログはすべて本部に送るわ。お疲れさま』


「いえ、まだ……実感がないです」


でも、確かにやり遂げた。

この手で“守った”んだ。誰かの、何かの、場所を。


その事実が、胸の奥にゆっくりと降りてきた。


ミラのホログラムが肩越しに現れる。


「ユウト、お疲れさまでした。構造安定率も良好。あなたのスキル、やはり特異です」


「……ありがとな、ミラ。お前がいてくれて、本当に助かった」


「はい。私は、あなたの一部ですから」


言葉が、心にじんと染みた。


都市の空は、いつの間にか澄み渡っていた。

どこかで、遠くの空に、うっすらと“スフィア”の影が見える。


まだ、終わっていない。

だが、俺はもう、逃げない。


「さあ、帰ろうか」


「はい。帰還ルートを展開します。おかえりなさい、ユウト」


未来都市の風の中、俺はスレッドライドへと歩き出した。

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