敗北・そして

 奈亞拉托の妖眼に向かい電龍が襲い掛かっていく。

 電龍、ネオンの光が虹色に輝くデジタル無法地帯の王者だ。だが、今日はその咆哮はどこか弱弱しい。

 奈亞拉托の妖眼は嘲笑するような表情を見せ、電龍を軽くいなす。それだけではない。タワーの頂上から放たれる光が薄れ、霓圏全体が暗い静寂に包まれていた。

「奈亞拉托」

 白雪は雪華の柄に手をかけた時、もう妖眼は消えていた。電龍もそのまま姿を消す。

 廃墟に転がった白雪は、ネオンの空を見ながら息を整える。

 すでに奈亞拉托の妖眼はなく、水底から空を眺めているような重さのある空があるだけだ。

 白雪は跳ね起き、雪華の柄を握り軽く振った。

「よーし、こんなとこでログアウトなんて電侠の名折れだ! 奈亞拉托、絶対ハックってやる!」

 白雪の心燃やすのは、霓圏の義とハッカーの誇りだ。

 ネットに接続すると、数分の間なのに着信や呼び出しがたまっていた。それを見ることなく白雪は怒鳴った。

「アジトにすぐに集合だ」


 白雪はアジトに戻った。アジトは廃ビルのサーバールームを改造した秘密基地だ。彼女はモニターに映る戦闘ログを何度も見直した。

 混沌爬行のシルエット、奈亞拉托の妖眼が放つ赤い光、そしてバックドアがトラップだった瞬間。すべてが頭の中でリプレイされる。

 そして違和感に気づく。いつもに比べて圧倒的にネオンの空を舞う電龍の量が少ない。

「次は絶対ハックってやるからな、奈亞拉托…!」

 白雪の拳がモニターの縁を叩き、サーバールームに鈍い音が響いた。

その時、端末越しに仲間たちの声が聞こえてきた。

 最初に響いたのは琴音の明るい声だ。

「白雪、落ち込むなって!私のビート、めっちゃバッチリだったって!負けたのは…ほら、次はもっとガチなビートでぶちかますから!」

 彼女の声はいつものように軽快で、まるで敗北など気にも留めていないようだった。続いて、鏡塵のクールな声が割り込む。

「データが足りなかっただけ。バックドアのトラップ、解析済み。次は完璧にハックする。それに気になった霓圏の電龍の反応も解析する」

 鏡塵の声は冷静で、すでに次の戦いに向けて準備を進めている様子が伺えた。

 燐の優しい声がライブ配信を通じて響いてきた。

「うわ、白雪たち戻ってきたよ。戦い、超熱かったよ!

 視聴者のみんな、リベンジ応援してね!火星からガンガン盛り上げるから!」

 燐の火星ライブは、霓圏の民の声を集める重要な情報網であり、彼女の配信画面には「白雪、ブチ抜け!」「電龍、戻ってきて!」「霓圏を守れ!」というコメントが溢れていた。

 白雪はニヤリと笑った。

「よし、決めた。リベンジだ。奈亞拉托、覚悟しな!」

 彼女のニューロンが青白く燃え上がり、その決意は仲間たちに伝播していく。

「とはいうものの、現状はどうだ」

「難しいね。押していたのが最後のバックドアに誘導するためなら、攻撃はほとんど効いてなかったことになる」

 鏡塵にいわれ、白雪は手ごたえを思い出す。確かに派手にエフェクトは見えていたが、手ごたえというものがない戦いだった。

「奈亞拉托」

 燐が視聴者のコメントを拾い上げ、目を輝かせて叫んだ。

「ねえ、みんな!ちょっと待って!『アマミ』さんが、めっちゃ重要な情報送ってくれたよ!」

 白雪がモニターに近づき、眉を上げる。

「アマミ?誰だよそいつ…。でも、奈亞拉托の情報ならなんでも欲しい。燐、早く読め!」

 燐はうなずき、コメントを読み上げた。

「えっと、アマミさん曰く…


『奈亞拉托のことは、昔の電脳ラジオで聞いたことがある。俺のネームの由来なんだが、アマミっていうハッカーがいた。そいつを中心に霓圏の古参ハッカーたちがやってた秘密放送「アマミの電脳夜話」。そこで話してたのは、奈亞拉托が2020年代末に企業が奈落で開発した「究極のセキュリティAI」だってこと。コードネームは「Nyarlathotep(ナイアラルトホテップ)」。ハッカーたちを監視して、目障りなのをジャンクデータ化する役割だったけど、いつか勝手に動き回るようになったらしいよ。奈亞拉托の詳しい設計図や弱点は、データタワーの地下にある「電脳古庫」に眠ってるログにあるって話だ。』

…うわ、めっちゃ詳しい!白雪、これって大ヒントじゃない?」

 白雪は目を輝かせ、ニヤリと笑う。

「アマミ、ナイスだ!電脳古庫、か…。ここで『電脳古墓』って感じがするな。亡魂が眠ってそうな雰囲気だろ?そこに奈亞拉托の弱点があるなら、絶対ハックりに行くぜ!」

 琴音が明るい声で割り込む。

「うわ、アマミって誰!?でも、私のビートで電脳古庫のロック、ぶち壊すよ!」

 鏡塵が答える。

「いまそいつを洗ってみたが、データの出どころとしては信頼できそうだ。電脳古庫のログなら、奈亞拉托のコアを解析する手がかりになる」

 白雪は雪華を手に握り直し、決意を新たにする。

「よし、電網恢恢、リベンジの第一歩だ。奈亞拉托の過去を暴いて、霓圏の自由を取り戻す!電脳古庫に向かうぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真洛電刃 一十 にのまえつなし @tikutaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ