第6話 風の便り

病院の帰り道。

翔太はコンビニの前で、買ったばかりの缶コーヒーを開ける。

苦味が、喉の奥でにじむ。

ふと、スマートフォンが震えた。

画面に表示された名前に、心臓が跳ねる。


「桜井 美咲」――ではなく、“桜井 美咲・関係者” という表示。


嫌な予感が、胃の奥を冷たく締めつける。

電話に出る指が、少し震える。


「……市川さんですか? 桜井美咲さんのご家族に連絡先を聞いて、おかけしています」


翔太は一瞬、言葉を失う。


「今朝方、彼女は……静かに息を引き取りました。おそらく、眠ったままだったかと――」


缶コーヒーが、手の中でゆっくりと傾き、こぼれる。

熱くも冷たくもない感覚が、手のひらを伝って地面へ落ちた。


「……あ、あの、俺……会いに行こうと思ってて……まだ……!」


声にならない声が、喉の奥で溺れていく。


「ごめんなさい。最後にあなたのお話もしていましたよ。とても穏やかな顔で」


翔太は、しばらく動けなかった。

コンビニの明るい照明の下で、ただ立ち尽くす。

いつもと変わらない街の音、車の音、人の声。


――なのに、自分の世界だけが崩れていく。


彼女がいなくなるなんて、

そんな未来は、ひとつも想像していなかった。


翔太の視界が滲む。

涙ではなく、感情の波が、押し寄せてきていた。


「……ありがとう、ございます……」


それだけをかろうじて告げて、電話を切った。


風が吹いた。春の匂いがした。


翔太は空を仰いだ。

あの時、美咲が見上げていた、同じ空の色だった。

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