では、また来世で。〜シスター・アンナは徳を積みたい〜

ふらり

第1話

「そこ!もう少し頑張ってアンナ様!」


「アンナ様!猫ちゃん逃げちゃうっ…。落ちるっ…。」


「危ないっ…アンナ様ーっ…!」


村の子たちが保護していた子猫が、どういうわけだか木の上にいて…それを助けるべく登り始めた私…アンナは、想像以上の高さまで登ったところでそれが大きな鳥の巣だったことに気づいた…。

雛たちの中にいた震える子猫を救い出そうと手を伸ばしたところまでは、しっかりと覚えてる。

…そのあとの記憶は…どうだったんだっけ…。

確か、子猫をさらった親鳥が帰ってきて、私と子猫に向かってきて…おびえた子猫が暴れたことで私もバランスを崩して…。


子どもたちの叫び声だけが…かすかに耳に残っている…。






…揺らめく炎が、横顔を静かに照らす。


(…これは…夢…?これは、あの日だ…。懐かしいあの日の光景…。)



「そうですか……それは辛い思いをしましたね…。その歳でよくここまで…。でも、それでも…後を追うのはおよしなさい。天国は、もちろん…あるにはあります。ありますが…天国はね、いついかなる時でもあなたと共にあるというわけではないんです。」


その人は少し困ったように微笑むと焚き火の中に枯れた小枝を足していく。言葉は、静かに紡がれていく。


「あなたを取り巻く、あなたという人をを作り上げた人々が…あなたの死を悼み、どうか死後は苦しみのない世界で過ごせますように、と願うことで初めて、天国は貴方の逝く先に現れるんです。また、貴方の死後、それを悲しみ、苦しむ人々が貴方は苦しみのない世界に旅立った、だから悲しんでばかりいないで自分は今を生きるのだと立ち上がるために…天国はあるとも言えます。だから、貴方は今世で生きて、貴方のご家族が天国で過ごせるようにまず願い、祈りましょう。まずはそこからが貴方が生きた先にある天国の始まりでもあります。」


穏やかに…それでいて力強く、その人はく。

幼心おさなごころにも、なんとなくわかるようなわからないような…あやふやながらも、納得できたその人の言葉はそののち、私を支える言葉になった。





流行はやりの病で父と母と…兄が亡くなったその頃、私はまだ7歳ななつ8歳やっつだった。家族だけでなく、周りの人が次々と亡くなる中、わけもわからないうちに孤児院に入れられて、もうみんなは居ないのだと頭ではわかっていても、夜な夜な院を抜け出して暗い森を彷徨さまよっては家族の姿を探していた。


そうして、私は一人の旅人に出会う。

彷徨さまよう森の中で灯りを見つけ、なぜか吸い寄せられるようにしてたどり着いたその先で、ひとり静かに焚き火の火を眺めていた男の人がその人だった。父様よりは歳上だと思うけど、おじいちゃんと呼ぶにはとても精悍で、健康そうだった。


茂みをかき分け現れた私にとても驚いた顔をしていたけれど、すぐに微笑み、私に温かな毛布と美味しいスープを分けてくれた。


「こんなところを貴方のような小さな子が彷徨っていて…狼に出会ったりしたらひとたまりもないでしょう…。ここに来るまで、危ない目には遭いませんでしたか?どこか痛いところとか…辛いところは…ありませんか?」


そう言って、優しく私の頭を撫でてくれたその人に私は頷いた。

安堵の笑みを浮かべたその人に、今までの出来事を話し、最後にこう付け加えた。


「…だから、森で狼に遭ってしまっても、それで食べられてしまったとしても、それでもいいやって思ったの。もう、なにも無いんだから。父様も母様も、兄様も居なくて…お家もないし、何もない。…涙も出なくなっちゃったの。きっと痛いし、怖いけど、天国でみんなに会えるのなら、それくらい我慢できる。」


そう言ってスープを見つめる私をその人はそっと抱きしめると、天国について語り始めたのだった。


幼心おさなごころに納得し、この手の中にあるスープをまた明日も食べたいと思ったし、テントの中で、温かな毛布と…なにより久々に誰かと一緒に眠るのがとても、嬉しかった。

そうしてその晩、私は深く深く眠って、明け方に家族の夢を見た。


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