5-2 トリア編2 トリア、君が悪人になるのは無理だよ
レクターとグロッサ。
二人は元々幼少期からラウルと私に嫌がらせばかりしてきた。
その落とし前を、つけさせてやる。
私は街道を歩きながら、彼らから魔力を奪った後のことを考えていた。
(そもそも、どうして私は、思いつかなかったんだろう……)
最初から、ラウルではなくレクターやグロッサを狙えばよかった。
彼らが魔力を失えば、もう廃嫡されることが確定する彼らのいうことをザックたちもきくことはなくなるし、これによってラウルもいじめから解放される。
そしてなにより、……私がもしも魔力を持てたなら、もうラウルから魔力を奪う必要はなくなる。
(この方法なら、ラウルのことを好きなままで居られるんだよね……)
『サキュバスは魔力を失ったものを愛せない』という、あのアサシンのいうことを信じるつもりはない。
だが、万が一ということもある。
幸いなことに、レクターとグロッサの魔力量は合計しても、ラウルをわずかに下回っている。
そのため、仮に二人から魔力を奪ったとしても、ラウルとの関係は逆転しないで済むから、万が一サキュバスの本能の話が本当だとしても、彼への愛情は冷めないで済むはずだ。
……だが、そう思った瞬間、私の中に暗い考えが浮かんだ。
(けど……『逆転一歩手前』の状態だったら……ラウルを脅すことも出来るんだよね……!)
後わずかでも、誰かから魔力を奪えば、力関係が逆転する。
そのギリギリの状態を保つことは寧ろ、下手に『完全にラウルより魔力を上回った状態』よりも命令に従わせることが容易になる。
(もし、これ以上魔力を奪ったら、もう君は私に勝てなくなるよ? と脅せば……ラウルも私のいうこと、なんでも聞いてくれるんだろうな……)
魔力を奪う力は、それ自体が脅しになる。
これをうまく使えば、私はなんでも出来る。
そう考えるうちに、自分の心が悪に染まっていくのが分かった。
私の頭には次々に悪だくみが浮かぶ。
(そうだ、レクターたちだって、ただ魔力を奪うだけじゃダメだ、骨の髄まで利用してやるんだ……!)
まず、彼らが廃嫡された暁には、レクターとグロッサを小作民として雇用してやる。
そして、私の領民と一緒に、一生二人……いや、彼らの子どももだ……を農作物を作らせてやるんだ。
それで浮いたお金と、私が魔導士として働いたお金を使えば、ラウルを移住させて、魔導士にしてあげるのも難しくないはずだ。
(それに、ラウルのことも……この力を使って、支配してみるのもいいわよね……! ダメ、私の心の闇が……増幅しているみたい……)
ラウルの能力なら、移住さえできれば絶対に魔導士になれる。
だから私が全力でサポートして、彼が移住できるためのお金を一緒に貯めてやるんだ。
そして彼を魔導士にした後にこの牙を見せながら、
「魔導士でいたいんだったら、私のいうことを聞いてほしい」
と脅せばいい。
そうすれば、彼を完全にコントロールできる。
「これから私の手料理を毎日食べてくれ」
「寝るときは毎晩、私を抱きしめながら眠ってくれ」
「疲れた時や苦しい時には、まず私に愚痴や弱音を吐いてくれ」
……そんな風に命令しても、彼はそれに背くことが出来なくなるということだ。
(フフ、我ながら「クレクレ」ばかりで、ひどい女……。けど、こういう悪いことを考えるのも、覚醒した影響なのかもね……)
私は自分の『悪に染まった心』に恐怖の心を持ちながらも、街を歩いていた。
……そして10分ほどした後。
ある女性が私に声を賭けてきた。
「あれ、トリア! 今日はちょっと早いんだね?」
「クルル? どうしたの、その乗り物?」
私のクラスメート、クルルだ。
彼女は平民で、確かザックとは付き合ってると聴いている。
見たことのない大きな馬車……だが、馬の代わりに大きな金属の缶が付いたもの……に乗って私に尋ねてきた。
「えへへ、凄いでしょ? これ、ザックと一緒に作ったんだ! 水蒸気の力で動く、新しい馬車なんだ!」
「へえ……馬が要らないの?」
「うん! まだ方向転換は苦手だけど、スピードはものすごく出るからさ! 良かったら乗ってよ、トリア!」
正直、これに乗るのは少し怖い。
だが、早いうちに到着してレクター達を待ち伏せするほうが、レベルドレインを行う上ではやりやすいだろう。
「分かった。……けど、事故だけは起こさないでね・?」
そういって私は乗り込む。
「ようし、それじゃあ出発!」
そう叫ぶとともに、クルルはスイッチを入れた。
ボシュ、ボシュと凄まじい轟音とともに車輪が動作する。
「うわあああああ!」
「ちょっと早いけど、振り落とされないでね!」
その『蒸気自動車』は、凄まじい速さだった。
早馬での移動なんか目じゃない。……ただ、私が驚いたのはこれほどの水蒸気を充満させても爆発しない金属の缶の方だった。
(これだけ頑丈で密閉できる金属をよく作れるな……)
私たち貴族は、どうしても魔法の勉強やその歴史の学習に時間を多く費やす傾向がある。
そのこともあり、近年の冶金技術の向上は驚くべきものだった。
(平民の人たちは……魔力を持たない分、こういう発明を進めていったんだな……)
「凄いでしょ、この早さ?」
クルルはそういいながら、まとめた髪をかきあげながら笑いかけてきた。
「うん、びっくりしたよ、こんなにこの自動車が速いなんて!」
「フフ、そっちじゃなくてさ。時代の移り変わりの『早さ』の方だよ!」
「え?」
「……これから、新しい時代が来るから、振り落とされないでね!」
そうクルルは叫ぶと、マシンの速度をさらに速めた。
(凄いな……クルルたちは……新しい時代に向けて、どんどん新しいことを始めようとしているんだ……)
そんな風に思いながら、私は車にしがみついた。
そして、学校には普段よりも30分以上早く到着できた。
「ありがと、クルル」
「うん。私はマシンを整備するから先に行ってて?」
そういうと、私は教室に向かった。
(あ……。もうレクター達は来ているのか……)
教室にはレクターとグロッサがすでに登校していた。
……だが、なんか様子がおかしい。
彼らはザックたちと一緒に何やら大声で話をしていた。
恐らく、誰も周囲にいないと思い込んでいるのだろう、トーンを落とすつもりはないようだった。
「今朝、オーバルから聞いたよ。トリアが覚醒したらしい」
「そうかい? ……計画は最終段階に入ったんだね」
オーバルから聞いた? 計画? 何を言っているのか分からない。
私は教室の影からそれを伺っていると、レクターはザックにぽつりと命令する。
「いいか、ザック? 明日お前は、ラウルを何とかして体育館裏に呼び出せ」
「体育館裏だな? 任せろ」
「それで俺とグロッサは、あいつをリンチする。『お前なんか、学校に来るんじゃねえ、さっさと死にやがれ!』ってな!」
……やっぱり、彼らにとってラウルは邪魔な存在なのだろう。
だが、おあいにく様だ。
お前たちがリンチをする前に、私がお前たちの隙をついて、魔力を奪い取ってやる。
そんな風に思っていると、グロッサも笑って答える。
「それでさ。私たちがラウルをぎりぎりまで追い詰める。……そのタイミングでトリアが体育館側に来るように誘導してくれ」
「トリアを?」
「ああ。……あいつを体育館に来たら、後はこっちのもんさ。それでさ……」
なるほど、ラウルを人質に私にも暴行を加える気か。
だが残念だったな、二人とも。
私はその話を聞いた以上、もう不意打ちは通用しない。
そんな風に思っていたが、グロッサが続けた一言は、私の今までの思いを全て否定するものだった。
「あたしらはわざと隙を作る。トリアは後ろから忍び寄り、私とレクターにガブッと、レベルドレインを行うはずさ」
「だな! そうすりゃ、トライル家もラウルもハッピーエンド! そして『いじめの首謀者』である俺たちは消えて、めでたしめでたしってわけだ!」
……彼女とレクターが口にしたその言葉を私は、すぐには理解することが出来なかった。
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