第7話:クソだな

「で! ですね!」


 空になったジョッキの底をテーブルに叩きつけ、芹沢せりざわさんが口角泡を飛ばす。この光景もすっかり見慣れたものだ。


「団体割引は20名以上からだって言ってるのに、『今後の取引を見据えて安くしろ』って何度も何度も何度も……。将来的に集客が見込めるなら、課長からは20人未満でも割引適用していいって言われてますけど! でも断言できますよ、あのお客さんは絶対取引続ける気ないんですよ! 私が新卒2年目だからってナメてるんです!」


 芹沢さんは酒が入ると口が悪くなる。いや、元々抑えつけていた感情が解放される。


「どう思います!? 腹立ちません?」

「まあ、俺は営業から離れてしばらく経つから勝手なアドバイスはできないけど、1個だけ言うなら……」


 芹沢さんがじっと俺の顔を見据える。


「そいつ、クソだな」

「ですよねー!」


 ケラケラと笑う芹沢さんは、会社での妹キャラを脱ぎ去り、すっかり小悪魔のようだった。最近の彼女は、俺の毒舌を期待して愚痴っている節がある。


種村たねむら先輩にバッサリ言ってもらえると気持ちいいです!」

「俺も、芹沢さんが毒を吐いてくれるとスッキリするよ」


 なんと非生産的で無意味なやり取りだろう。同世代で意識の高いやつらなら、この時間を使って勉強したりジムに通ったりするのだろうか。


 だが俺たちには、この不毛な時間が何より大切なのだ。


「はいよ、からあげお待ちどうさま」


 おかみさんがこじゃれた器に入ったからあげを持ってくると、芹沢さんが「きたー!」とはしゃぐ。からあげは彼女の大好物であり、毎回注文する鉄板メニューだ。


「ありがとうございます。あと飲み物追加でビールと……」

「トマトサワーお願いします!」

「はいはい」


 おかみさんはまるで手のかかる子どもを慈しむように、芹沢さんを見つめていた。


 ――ちょっとナヨっとしていい子ちゃんすぎるもんな。女にはモテないタイプだ。


 ふと、係長に言われた言葉が頭をよぎる。


 別に異性にそこまでモテたいとは思わないが、少なくとも「いい子ちゃん」よりは、芹沢さんのような「ちょっと悪い子」のほうが好かれるのは確かだろう。恋愛に限らず、人は誰しも相手の「人間味」に惹かれるものなのだ。


「……突然だけど、芹沢さんは俺をどう思う?」


 一瞬の間の後、芹沢さんがジト目とともに両腕で上半身を覆う。


「えー……もしかして私のこと口説こうとしてます?」

「違う違う。他人から見た俺ってどんな感じなのかなって」


 芹沢さんと初めてこの店で酒を酌み交わした日。彼女は俺に対し「猫を被っている」と言っていた。やっぱり他人からすれば不気味に映っているのだろうか。


「うーん……一言でいうなら『いい子ちゃん』って感じですね」


 係長とまったく同じ台詞だった。そんなにあからさますぎるのか、俺のキャラって。


「いや、会社では絶対に必要なポジションだと思いますよ? 誰に対しても一定の距離感で接して、誰からも好感度がそこそこあって。オールラウンダーっていうか。私みたいなタイプは、嫌われる人にはめちゃ嫌われますから」


 あちあちとからあげを頬張る芹沢さんは、何事もないように言う。


「それに……」

「それに?」


 俺の問いかけに、芹沢さんは頬杖をついて、得意げな笑みを見せる。


「普段の種村先輩がいい子ちゃんであればあるほど、こうやって2人で飲んでる時に口が汚くなるのが面白いので、私は今の先輩のままでいいです」


 白い歯をこぼす芹沢さんは、まるでいたずらっ子のようだった。


「……別に汚いことを言ってるつもりはねえよ。単に脳内フィルターを通してないだけだ」

「つまり、ナチュラルボーンってことですね」

「うるっせぇ、お互い様だろうが」


 少々ムカついた俺は、器の中から一番大きなからあげを奪取する。


「あー! 私が食べようと思ってたのにー!」

「うまいうまい」


 喜怒哀楽がコロコロする芹沢さんを眺めていると、なぜか心が救われる気持ちになる。


 俺もこんな風に、感情に素直になれたら。




 きっと俺は、彼女にある種の羨ましさを抱いているのだろう。

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