第3話:飲み会
「いらっしゃーい……おっ、
L字カウンターの内側から、真っ白な調理服に身を包んだ店主が手を挙げる。
「今から入れます?」
「全然空いてるよ! カウンターどうぞ~!」
俺が群青色の暖簾を潜ると、後ろから小柄な後輩がちょこちょことついてくる。
「けっこう中は広いんですねー」
4人掛けのテーブル席は半分ほど埋まっており、奥の座敷には団体客がすし詰めになっている。カウンター席は無人のため、最奥の特等席を使わせていただくことにした。
「
「どうもです」
L字カウンターはフロアに面した側に8席、客が通らないスタッフ用通路側に2席。テーブル席よりこっちのほうが広々としてゆったり過ごせるのは、この店で飲み食いしたことのある客でも限られた者しか知らないお得情報だ。
着席と同時におかみさんがおしぼりを持ってきてくれる。
「種村くん久しぶりねえ。大学卒業以来かしら。そっちの子は彼女?」
「いや、会社の後輩です」
おかみさん、白髪が増えたなぁ。すぐ色恋沙汰に持っていこうとするところは相変わらずだけど。
「あなた、お名前は?」
「えと、芹沢
「春ちゃん。素敵な名前。どうぞゆっくりしていってね」
「ありがとうございます……」
おしぼりを、まるで褒章のように恭しく両手で受け取る芹沢さん。
俺もおしぼりでしっかり手を拭ったところで、早速戦略を組み立てていく。
「3杯以上飲むなら飲みホのほうが得だけどどうする? ソフトドリンクもあるし」
「えっと、じゃあ飲み放題で」
「了解。食べ物はどうしようか」
「えーと……こういうところ慣れてないので、先輩チョイスでお願いしてもいいですか?」
「オッケー。苦手なものはない?」
「あ、レバー以外なら大体へいきですー」
すぐさまおかみさんを呼び、飲み放題と料理をいくつか注文。1分もしないうちにアルコールが運ばれてくる。
「はいお待ち。ビールとトマトサワーね」
「お、きたきた」
今日一日、ずっとこの瞬間を待ちわびていた。
なみなみと注がれた黄金色の液体は、さながら飲む財宝。俺は社畜界のバイキングだ。
「それじゃ、今週もお疲れ様。乾杯」
「乾杯です」
軽くジョッキを合わせた後、俺は一気にビールをあおった。
ごく、ごく、ごく。
うまい。
銘柄はアサメだっけ。ツマミなしでもグイグイいける辛口ドライな口当たりは、仕事上がりの1杯にぴったりだ。
「料理もおまたせ。ポテトサラダね」
きたきた、ポテトサラダ。
ここの店のはマヨネーズ多めのねっとりタイプ。黒胡椒もきっちり利かせているので、お酒のアテにぴったりだ。具材はハム、タマネギ、キュウリとオーソドックスである。
「適当に取り分けちゃうね」
「すいません。私、後輩なのに」
「いいって。会社の飲み会ってわけでもないし」
卓上の小皿にポテトサラダを等分したら、早速割りばしでぱくり。
これだよ、これ。チープなのに手が込んでて、素朴なのにどこか特別で。ポテトサラダは店によって如実に違いが出るから面白い。
「……」
視線を感じたので左隣を向くと、芹沢さんが例の目で俺を凝視していた。
一緒に飲んでるくらいだから、少なくとも嫌われているわけではないと願いたいが……。でもやっぱり気を遣って来てくれたのだろうか。週明けにパワハラとかアルハラとかセクハラで訴えられたりしないよな……。
「……芹沢さん?」
「あ! 私もポテサラ食べよっと!」
明らかにごまかしたな。別にいいけどさ。
「あっ、おいしい」
素に戻った様子でトマトサワーのジョッキを傾ける。
「これ、すっごくおいしいです。お酒にも合いますね!」
瞳をキラキラさせ、夢中でポテトサラダをぱくつく芹沢さん。
「ここの料理は何でも合うから期待していいよ。楽しみにしてて」
俺が笑いかけると、芹沢さんは顔を綻ばせた。
「はい、今日は楽しませていただきます!」
なんとなく、なんとなくだけど。
今日、俺は彼女の笑顔を初めて見たような気がした。
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