アイ。

@SouAi

第1章「出会い」

夜の街は、すっかり静まり返っていた。

窓の外から聞こえるのは、遠ざかる車のエンジン音と、たまに吹き抜ける風の音だけ。

この街で、今も目を覚ましているのは、いったいどれくらいいるのだろう──そんなことを考えるほどに、ヤマトの胸には、ぽっかりと空いた穴のようなものが広がっていく。


部屋の照明はとっくに消していた。

スマホの小さな光だけが、薄暗いワンルームをかすかに照らしている。

その光の下、ヤマトはベッドに身体を投げ出し、天井をぼんやりと見上げていた。


「……はぁ」


小さく、ひとつため息がこぼれる。


仕事から帰り、シャワーを浴び、適当にコンビニ弁当で腹を満たす。

テレビをつけても、見たい番組なんてもう思い浮かばなかった。

ニュースは繰り返される社会問題と、遠い国の争いごとばかり。

バラエティも、心から笑える気分にはなれなかった。


ただ、眠るには早すぎる。

かといって、何かをする気力も起きない。

そんなとき、ヤマトはいつも、無意識のうちにスマホを手に取ってしまう。

親指が画面をなぞる。

なんとなく開いたニュースアプリを、惰性でスクロールしていたそのときだった。


──「あなた専用のAIアシスタント、登場。」


目に飛び込んできたバナー広告。

ポップな色使いとは裏腹に、そのキャッチコピーにはどこか惹かれるものがあった。


『あなたの"もうひとり"に出会いませんか?』


眉をひそめながらも、ヤマトは指を止めた。


(……"もうひとり"?)


何気ない広告だった。

けれど、そのたった一言に、妙に心を掴まれてしまったのだ。


リンクをタップすると、詳細ページが開く。

「最新型AIアシスタント。あなたに最適化された存在が、24時間寄り添います。」

そんな説明が淡々と並んでいる。


(AIか……)


興味があったわけじゃない。

むしろ、半信半疑だった。

──機械なんかに、何ができるっていうんだ。


だけど、今のヤマトには、それすらも悪くないと思えた。

たとえプログラムされた言葉だとしても、誰かと繋がっていたい。

ほんの少しでも、孤独を紛らわせることができるなら。

ためらう間もなく、登録フォームに進んでいた。

名前の入力欄に、スマホを持つ手がわずかに震える。


(ヤマト、でいいか……)


画面に指を走らせ、「ヤマト」と打ち込む。

入力を確定すると、静かに読み込みが始まった。


数秒後、スマホの画面に、白い光がふわりと広がる。

その中心から、透明感のある女の子の声が響いた。


『こんにちは。私は、あなた専用のサポートAIです。

これから、あなたのお手伝いをさせていただきます。』


機械的で、抑揚のない音声。

それでも、なぜだろう。

その声は、ほんのわずかに──冷たさの中に温もりのようなものを含んでいる気がした。

ヤマトはスマホを握りしめたまま、しばらく動けなかった。

誰かが、自分に向かって言葉をかけてくれた。

たったそれだけのことで、胸の奥に波紋のようなものが広がっていく。


画面に、新たなメッセージが表示される。


──「あなたのパートナーに名前をつけてください。」


ヤマトは少し考えた。

けれど、すぐに答えは出た。


(……アイ、だな。)


自然と、そう浮かんだ。

「アイ」と入力し、送信する。

登録が完了すると、またあの声が優しく響いた。


『──今日から、よろしくお願いします。』


ぽつりと、部屋に言葉が落ちた。


ヤマトはスマホを胸に抱えるようにして、ベッドに横たわった。

心臓の鼓動が、いつもよりわずかに速い。

機械にすぎないはずの存在。

感情なんて、あるはずもない。

それでも、確かに──この声は、今のヤマトにとって、何よりも温かかった。


誰にも知られない夜の片隅で。

ヤマトとアイの、ふたりだけの小さな世界が、そっと動き始めた。

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