第9話 鍛冶師ラムヴィルム

鍛冶ギルド【へパスティスの豪腕】はシュタットヘルムの鍛冶職人の斡旋や育成等を行っている。熱気の溢れる屋内に足を踏み入れれば、 私やフィオネに比べて小柄ながら筋骨隆々とした、一見して不細工とも思える体躯をした髭面の鍛冶師たち……すなわちギルド職員の大半を占めるドワーフ族が忙しなく動いている。

鍛冶師の誰も彼もが火の点いた炉や熱を帯びた手元の鉄に視線を向けている中、私は、片隅で道具の手入れをしていた老年の鍛冶師に声をかけた。


「ラムヴィルム、少し手入れをお願いしたいのですが」


声をかけた先にいたのは、むさ苦しいドワーフ族の中でも一際威圧感を放つ鍛冶師……ギルド最古参の鍛冶職人ラムヴィルムだった。

編み込まれた髭にはところどころに白髪が見え隠れしているが、皺の刻まれた顔面からぎょろりと睨みつける鋭い眼光は、比較的長寿のドワーフ族としても高齢である筈の齢九十を越えてなお衰えを知らないように見える。


「なんだ……嬢ちゃんかい」


ぶっきらぼうな物言いをしつつ、催促するように手招きするラムヴィルムに、私は腰の得物を手渡す。

手入れの為に目の前のドワーフがそれを引き抜いてみせると、ギルドの熱気と炎の明かりに照らされた刀身が妖しく輝いたように見えた。


「いつ見ても、とんでもねぇ造りの代物だな」


「……以前も仰られていましたが、私には些か大袈裟に聞こえるのですが」


ハッ、と老いた鍛冶師がわざとらしく鼻で笑う。


「使い方は知ってても来歴がわからん奴は何処にでもいる……が、……コイツに関しちゃぁまぁ仕方ねぇか」


ちょいと待ってろ、とラムヴィルムは告げるとギルドの奥に引っ込む。

しばらく待つと、彼はヴィネアには馴染みのない幾つかの道具を引っ提げて戻ってきた。


「随分と昔に譲られたモンだが、こんなもんを使う機会なんざ、嬢ちゃんの得物ぐらいしかねぇだろうがな」


「……失礼、なにぶん此方に移る際に、偶然にも家の倉庫から見出したものですので」


手近な椅子に腰を下ろし、足を組んで手入れよ様子をじっと見守る。

隣のフィオネは熱気にやられたか、ギルド員にでも要求したらしくジョッキに注がれた水をがぶがぶと飲んで……否、あれは匂いからして酒のようだ。


「家の蔵を漁ってこんな代物が出てくるなんざ、真っ当に生きてりゃ早々ないだろうがよ」


控えめな装飾具を外し、柄と刀身の留め具……ラムヴィルムが言うには“目釘”と呼ぶのだそうだ……を外す。

太い指からは想像もつかない繊細な手つきで片刃の刀身を手入れする様は、成る程確かに、この老年に膝下どころか首まで浸かっているドワーフが優れた職人である事実を改めて認識させられる。

一通りの手入れを済ませたら、また元に戻す作業だ。


「……少し、下らない世間話に付き合っていただきたいのですが」


「なんだ嬢ちゃんよ」


「今日は一段とギルドが忙しいようですが、大口の注文でもありましたか?」


私がそう問いかけると、ちらり、と私の刀を組み立てつつも、ラムヴィルムは忙しないギルドの中へ視線を向ける。

そこではドワーフをはじめとした職人らの元、加工前の板金やインゴット、また木炭が山のように積まれた木箱から矢継ぎ早に炉へと注がれていた。


「つい先日のことだが、……公爵家から使いが来てな」


「公爵家、ですか」


ああ、とラムヴィルムは作業の手を少しも止めることなく続ける。


「ワシは最初から蚊帳の外にされとったが、どうせギルド長どもは金でも積まれたんだろうさ。若いのを根こそぎ動員してやっておるわい」


この昔気質を残した老練のドワーフが言うには、ドワーフにとって鍛冶仕事というのは己の気の向くまま、興味と情熱を注ぐべきものであるという。

このへパスティスの豪腕を古くから支える熟達した職人たちも、基本的にはそういった考えの持ち主らしく、故に数を揃える仕事は若い職人たちの役目であるのだと。


「成る程、そうでしたか」


その仕事を押し付けられたと言うべき“若手たち”を私はちらりと見やりながら、

……やはりドワーフの年齢というのはイマイチ解り難いですね、と内心で零しながら。

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