ゆき、溶けるころ〜白い記憶がほどける日〜
澪音(rain)
第1話 モノクロのなかの“ゆき”
志人はどんなに仕事が忙しくても、どんなに疲れて眠くても、毎晩LINEのビデオ通話で顔を見せてくれる。
休みの日の彼は、ライフワークでもあるボランティアに精を出していた。現地の子どもたちと遊んだり、井戸を掘ったり、日本語を教えたりーーその様子の写真や動画を送ってくれた。
たまに現地の子どもたちもビデオ通話に参加して、異国の手話を教えてくれたりした。
寂しくないと言えば嘘になる。志人に触れたい、触れて欲しい…傍に居たい…そう思わない日は1日としてなかった。
ただ、それは志人も同じだ。
だから一時帰国しているときは、一時として離れることなく過ごした。
そして志人が旅立って1年が経とうとしていた。
***
春の光が、まだ少し肌寒い風に揺れていた。
大学のキャンパスに咲く桜は、まるで去年見逃した時間を埋めるように、静かに舞っていた。
そんな午後、スマホがポン、と鳴った。画面には、見慣れたはずの名前——「ゆき」。
一瞬、志人からだと思って、自然と微笑みそうになった。
けれど、通知を開いて目に飛び込んできたのは、ずっと閉じ込めてきた記憶だった。
「みち 久しぶりだね 元気にしてるかな」
「会ってくれたら嬉しい…いまさらって思うかもしれないけど謝りたいの」
指先が小さく震える。
目の前に浮かぶのは、あの日のことだった。
「面倒くさい」の一言から始まって、すれ違うようにお互いの道を歩き始めた7年間。
それでも、どこかで心の中で結葵のことを無意識に思っていた自分がいる。
涙を飲み込むような思いと、急に湧き上がった懐かしさが胸を占める。
「いまさら」なんて言葉じゃすべてを表せない。
結葵が今、何を抱えているのか、何を言いたいのか…その心に触れることができるのは、私だけなんじゃないか、そんな気がしていた。
ふと、目の前に浮かんだのは、あの頃の結葵の笑顔だった。
幼馴染でいつもわたしを支えてくれた一番大切な友達だったあの頃、すべてが自然に流れていたあの日々。
ただその記憶には色がなかった…何か、昔のフィルム映画を観ているような感覚。
結葵はモノクロの中にいた…
再び、彼女に会うべきなのか…それとも、今はまだ触れずにおくべきなのか。
気持ちが揺れる中で、わたしは指を震わせながら、結葵のメッセージに返信を打つ準備をしていた。
***
返信できたのは、それから3日後のこと。
しかも内容が酷すぎる…内容と言えるものではない。
「うん」・・・この一言。
LINEの画面を見つめながら自己嫌悪に陥っていた。
すると既読がついたあとすぐに結葵からの返信があった。
「よかったぁ!じゃあ、今週末はどうかな?」
さすがにこの返信に3日かけるわけにはいかない。すぐにスケジュールを確認して返信をしようとするが…指が止まる。
(ダメ!この前もこれで3日も時間かかったんだ…土曜なら大丈夫だ)
「いいよ 土曜日なら1日空いてるから」
「ありがとう!みち じゃあ駅のステンドグラス前で11:30待ち合わせでいいかな?」
「うん 大丈夫」
あぁ…またなんて素っ気ない。「ゆきちゃんに会えるの楽しみにしてる」くらい打てないの?バカバカバカ!
そして…
結葵からは、可愛いスタンプが返信されてきていた。
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