第18話 平穏な朝と、不器用な特訓

 ――あの夜から、数日が経った。


 町は何事もなかったかのように静かさを取り戻し、日常が再び流れ始めていた。

 でも俺たちだけは、もう元通りというわけにはいかない。


「悠人! 今日はね、朝ごはん作ってみたの!」


 朝っぱらから、テンション高めの声が部屋に響く。

 テーブルの上には、色とりどり……いや、色が危険な感じの料理が並んでいた。


「これ、全部私が作ったんだよ! すごくない!?」


 リリムは胸を張ってニコニコしている。

 その後ろで、カグラが腕を組んでため息をついた。


「“作った”というか……ほぼ災害レベルね。悠人、ちゃんと命の保証はできないわよ」


「おいおい……見た目からしてやばいんだけど……これ、本当に食えるやつか?」


 俺は恐る恐る皿を覗き込む。

 紫色のスクランブルエッグ、緑色のベーコン、そして……炭化したトースト。


「見た目はちょっとアレだけど、味はきっといけるはず! だって“愛情”込めたもん!」


「……嫌な予感しかしねぇ……」

 


◆ ◆ ◆


 結局、俺は一口だけ覚悟を決めて紫色の卵を食べた。


「……ぐっ、うぅ……」


「どうどう!? おいしい!? どう!?」


 リリムが目を輝かせて迫ってくる。

 その後ろでカグラがじっと見ている。


「……んー、まぁ……その……頑張ったのは、わかる」


 何とか言葉を絞り出すと、リリムが嬉しそうに笑った。


「やった~! 次はもっとがんばるね!」


「……頼むから“次”は無難なやつで頼む……」


 カグラがくすっと笑い、


「悠人、ほんと優しいわね。普通なら即吐き出すレベルだったわよ」


と、さらりと毒を吐く。


 


◆ ◆ ◆


 


 その日の午後。


 マンションの屋上に集められた俺たちは、ついに“訓練”を始めることになった。


「悠人、お前はまだ何も分かっちゃいない。前回の暴走は偶然力が出ただけだ。コントロールできなきゃ意味がない」


 仁科はそう言いながら、符を手にして俺の前に立った。


「今日は基礎だけだ。力を『練る』『放つ』『止める』――この三つが最低限できなきゃ、いざという時にまた暴走する」


「お、おう……」


 俺は緊張で汗がにじむのを感じながら、手のひらを見た。

 あの日の、あの淡い光が頭をよぎる。


「リラックスしろ。お前の中にあるものはもう目覚めてる。余計な力みは逆効果だ」


 仁科の言葉に深く息を吸い、目を閉じて――


 ……ダメだ、何も起きない。


「力んでる。そうじゃない、力を“流す”イメージを持て」


「イメージって……そんなんで……」


 戸惑っていると、後ろからリリムが元気よく声を上げた。


「悠人、大丈夫だよ! 私もほら、全然できなかったけど、なんとかなるって!」


「お前は今もポンコツじゃねぇか!」


「うっ……それはそうなんだけど……」


 苦笑しつつも、なぜかその言葉でちょっとだけ気が楽になった。

 深呼吸をもう一度して、ゆっくりと意識を手のひらに集中させる。


 


 ――すると。


 


 ふわり、と指先が温かくなった。

 わずかに光が揺らめき、手のひらから微弱な輝きが滲み出す。


「……!」


 俺は思わず見つめた。

 これだ、この感覚――確かに、あの日と同じ。


「よし、そのままだ……無理に出力するな。形を覚えろ」


 仁科が低く声をかける。


 必死に集中を続ける。

 全身の感覚が研ぎ澄まされて、周囲の音さえ遠のいていく。


「悠人……すごい……」


 リリムがぽつりと呟く声が聞こえた。

 思わず振り返ると、彼女がじっと俺の手の光を見つめていて――どこか、誇らしそうに笑っていた。


 なんだろう、この感じ。

 少し前まで、ただ「めんどくせぇ」って思ってたのに。

 今は、ほんの少しだけ――その笑顔を見ていると、悪くないと思った。


 


◆ ◆ ◆



 訓練の後、屋上で夕焼けを見ながら、俺はぼんやりと空を眺めていた。


「……疲れた?」


 リリムが隣にちょこんと座り、プリンをスプーンですくいながら笑う。


「ああ……でも、なんか……少しだけ、前に進めた気がする」


「うん、すごく良かったよ。悠人、きっと強くなるよ」


 俺は苦笑して、


「お前がもうちょっと頼りになれば、それで十分なんだけどな」


と肩をすくめると、リリムはむっとして頬を膨らませた。


「もう! ちゃんと成長してるもん! ……多分!」


 その言葉に、思わず笑ってしまう。

 でも――そんなやり取りが、なんだかすごく心地よかった。


 


(つづく)


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