第2話 ポンコツ悪魔、早速トラブルを起こす
朝の光が、容赦なくまぶたを焼いた。
頭はガンガンするし、身体はだるい。何より、壁がない。
部屋の一面が、昨夜の召喚で吹き飛ばされたままだ。
「……夢じゃ、なかったんだな」
布団から這い出て、荒れた部屋を見回す。
煙の跡、破れたカーテン、壁の向こうに見える隣人の洗濯物。
悪い夢にしては、ディテールがリアルすぎる。
そして。
「おっはよーう、マスター♪」
「マスター言うな。帰れ」
振り返ると、キッチンに立っているリリムがいた。
大きめのTシャツに着替えて(俺の)、フライパンを振っている(なぜか)。
煙とともに、よく分からない匂いが部屋に充満していた。
「はい、朝ごはん作ったよ! “魔界風・黒焦げスクランブルエッグ”!」
「呪われてそうなネーミングだな……。てか、これ、焦げてるどころか……炭?」
皿の上には、黒い物体。
食べたらたぶん三日は寝込む。
「これでも、魔界じゃごちそうなんだよ? ちゃんと心込めて作ったんだからね!」
「だったら、その心をまず火加減に使え……」
俺は頭を抱えた。
朝からボケとツッコミの応酬って、なんだこの生活。
◆ ◆ ◆
「で、今日から何するの? いよいよ世界征服?」
「やるわけねぇだろ、常識的に考えて……」
俺はリリムの作った“黒い何か”を脇に押しやり、スマホを開いた。
アパートの管理会社からの通知、学校からの同窓会連絡、そして――
「……家賃督促、来てるな」
「家賃って?」
「この部屋に住むためのお金。お前が壁吹っ飛ばしたせいで、修繕費も上乗せ確定だ」
「えっ、そんなのあるの? 悪魔界、そういう制度ないから知らなかった~」
「知らねぇよ! てかお前、召喚されたんなら、せめて役に立てよ」
「うん、じゃあ働く!」
「即答すんな!? え、どこで? どうやって!?」
「この世界には“コンビニ”ってやつがあるんでしょ? あれ、気になってたの。あそこで働いてみたい!」
「バイト感覚で言うな!!」
だが、財布の中は軽く、クレジットカードも限度額ギリギリ。
壁の修理費を考えれば、悠長なことは言っていられない。
「……ほんとに働けるのか?」
「うん! 悪魔って、接客に向いてるんだよ!」
「そうなの?」
「うん! お客さんの“欲望”を見抜いて対応するの、得意だよ?」
「いや、それ多分違う意味でトラブル起こすやつだ……」
こうして、俺とリリムは、コンビニに向かった。
◆ ◆ ◆
数時間後。
「お前、何やらかした……?」
「うーん……“レジが面倒だから、心を読み取って自動会計”システムを即興で組んだら、“勝手に財布から金を抜かれた”って怒られた」
「当たり前だろ!!」
そのうえ、スイーツコーナーのプリンを勝手に全部買い占め、自分用の“スイーツ祭り”を開催し始めたとのこと。
クレームの嵐。結果、即日クビ。俺の顔は真っ青だ。
「だって、あの“なめらか魔プリン”、すっごく誘惑してきたんだもん……!」
「いや、お前が誘惑してんだよ!」
「えへへ……でも、これ食べて元気出して? あたしのバイト代、全部プリンになっちゃったけど♡」
「……いや、それ、全部俺の財布から出てるんだけどな!!」
財布の中は空っぽ。
しかも、リリムの失態のせいで近所のコンビニは出禁。
壁の修理どころか、来月の生活も危うい。
「マジで……どうすりゃいいんだよ……」
俺はベンチにうなだれた。
目の前で、プリンを嬉しそうに食べる悪魔。
こいつは、まったく悪びれる様子がない。
「……あのさ」
ふと、リリムが口を開いた。
「最初に召喚されたとき、すぐ解除されたじゃん?」
「……ああ」
「ちょっとだけ、寂しかった」
「……」
「でも、また呼んでくれて、ちょっと嬉しかった」
「……誰が、お前みたいな奴、嬉しくて呼ぶかよ」
「うん、知ってる。でもさ、ここ、案外悪くない。人間界って、意外と楽しいかも」
その言葉に、俺は少しだけ黙ってしまった。
なんでかは、わからない。
でも、たった一言――
「……もう、勝手に帰ったりするなよ」
「うん♡ 帰る気ないから、大丈夫♪」
「そっちのが問題なんだよな……」
空は晴れている。
でも、俺の未来は曇りっぱなしだ。
世界征服はどこへやら。
まずは、このポンコツ悪魔をどうにかすることから始めなきゃいけない。
(つづく)
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