よさこい夢十夜

西野園綾音

第一夜

 こんな夢を見た。

 夜のとばりに包まれたはりまや橋のたもとで、自分はただ、ぼんやりと佇んでいた。

 橋の中央には、地面に茣蓙ござをひき、色とりどりのかんざしを並べた露天商がぽつねんと座っている。そこに、闇の中から音もなく一人の僧侶が現れ、露天商に簪を一つと云い、朱色の簪を買って行った。自分もなんとなしに露天商に簪を一つと云ったが、露天商は自分を見て、おまさんには、必要のないものや。とだけ云い黙ってしまった。

 そこで、私は、その僧侶についていくことにした。僧侶は、はりまや交差点の丁度、路面電車の交差する部分に立ち止まった。不思議なことに、周りには車一つ走っておらず、人っ子一人いなかった。自分は、僧侶に追い付き、僧侶に何故、簪を買ったのか、そして、この状況はどういうことなのか尋ねた。僧侶は、簪は、自分が大事にしちょった人間と一緒にあの世に行くための切符のようなものや。そして、ここは、言うやったらこの世とあの世の境。ほんじゃあきに、おまさんは、ここにおるべきじゃないし、簪も買うことができざったということじゃのぉ。と云う。

 自分と僧侶は、暫く黙ってその場にたたずんでいたが、路面電車の近づく音が聞こえ始めると、僧侶が、そろそろ、路面電車も来るようやき、おまさんももんた方がえいろう。はりまや橋から飛び降りたら、帰れるき帰りや。そして、最後のひと時をおまさんと過ごせて楽しかった。ありがとう。と云い、もう二度と話すことはなかった。自分も、特に話すことはなかったので、はりまや橋に戻るとあの露天商は、荷物を片付け自分を待っていたかのように立っていた。そして、自分が橋を渡る直前に、露天商が、なんで、おまさんがここに来ることができたがかは知らんが、お土産にこれを持っていきや。と云い、おかめとひょっとこと天狗をかたどった陶器を渡してくれた。これは、と自分が問うと、露天商は、宴会遊びで使うものや。そして、そのべく杯は特別やき持っちょって損はない。きっと、おまさんの役に立つ。と云う。

 自分は、それを受け取りはりまや橋の桟橋から身を投げた。落ちる直前に、路面電車が空に向かって空中を走っていくのをぼんやりと眺めていた。

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