シーン2:孤独
風が頬を刺すように冷たい。凍える手を握りしめ、私はただ無心に歩き続けた。行くあてもなく、ただ前へ。足元には薄く積もった雪が私の足跡を淡く刻んでいく。それを見ても、何の感情も湧いてこない。
寒さと孤独がじわじわと心に染み込んでくる。家を出る決断に後悔はない。それでも、心の奥が重くなっていく。
その時、ふと視界の隅に動くものを感じた。振り向くと、ノクスがそこに立っていた。
ノクスは私の使い魔で、幼い頃からずっと一緒にいる。細身の黒猫で、緑色の瞳が夜の闇の中でも鮮やかに光を放っていた。彼の首には、深紅の首輪が巻かれていて、その色が黒い毛並みに映えている。寒さの厳しい冬の空気の中でも、ノクスはまるで寒さを感じていないかのように、静かに私の方へ歩み寄ってきた。
「エレナ、大丈夫?」
その声は穏やかで、どこか包み込むような温かさがあった。ノクスの存在が、少しだけ私の心を和らげた。彼の瞳が私を見つめ、優しく問いかけてくる。けれど、それでも私は何も答えられなかった。胸の中で広がる重苦しさはまだ消えない。彼の気遣いを感じながらも、何を言えばいいのか、言葉が出てこない。
ただ歩き続けると、今度はモーヴェがふらりと現れた。
モーヴェは翼を大きく広げ、バサバサと音を立てた。その鋭い赤い瞳が私をじっと見つめ、まるで私の心を見透かしているかのようだ。彼の体は他のカラスより少し大きく、その存在感は際立っていた。どこか冷酷さを感じさせるモーヴェだが、彼の厳しい視線の奥には何かを教えようとする意図が常に感じられる。
モーヴェはノクスの友人であり、いつの間にか彼と一緒に行動するようになった。彼は空から舞い降りると、軽く羽をはためかせながら私に辛辣な言葉を投げかけた。
「泣いてても、何も変わらないぞ、エレナ」
その言葉が私の胸に突き刺さる。モーヴェの言葉はいつも厳しい。でも、その厳しさの中には、私を前に進ませようとする力があることはわかっていた。
「泣いてないよ…」
小さくつぶやくと、自分でも驚くほど声が震えていた。
モーヴェの赤い瞳は鋭く、まるで逃げ場がないように私を見据える。私はその瞳に耐えきれず、思わず顔を背けた。彼の言う通りだ。このまま立ち止まっていても何も変わらない。泣いている暇なんてない。そう思い直し、私は少しだけ息を吐いて、足をまた一歩踏み出した。
「ありがとう、ノクス、モーヴェ…」
心の中でそうつぶやきながら、私は暗い道の先に視線を向けた。何が待っているかわからないけれど、もう立ち止まることはできない。前に進むしかないのだと、自分に言い聞かせた。
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