日常破綻Doppelgänger

玄花

第1話 写真と本と本当に

「なあ、お前見たか?この写真」

 そんなところから俺の日常は崩壊した。授業間の休み時間、俺、蓬記おうきしんはいつもの様にスマホを弄って暇を潰していると前の席のヤツが急に振り返って俺に話しかける。


 学校で同級生のヤツが見せてくる写真といえばまともなものがある訳がない。大抵はネットで話題になっている碌でもない動画や、友人の変顔等々。だが、違う。


「お、俺だ……」

 とは言ってみたものの、ここ最近は駅になんか寄ってはいないうえ、画面にに映っている"俺"のような服も持っていない。所謂、よく似た人間というものだ。だが、この写真に映る人物は"よく似た"なんかではなく"似過ぎた"でもなく俺そのもののように思えた。心底君が悪いくらいに。


「いやな、この写真が送られてきたのが丁度昨日の放課後でよ。そん時にお前が彼女と居るって話に盛り上がって」

「おい待て、放課後って俺一緒に居たよな?」

 確かにコイツ隣で妙に喜んでたようはな……。まあ俺彼女いないけど。画面の中の俺は確かに見知らぬ少女と手を繋いで歩いている。


「そんでもってコレよコレ」

 すると次に映っているのは俺の真隣で写真を見せてきた鶴島つるしま陵悟りょうご本人である。これもまた話の流れからして昨日、学校帰りのコンビニで送られてきた写真らしい。駅のホームでジュースを買っている背の高い短髪の学生。運動部らしく日焼けした外見を見るにやはり目の前にいる学生そのものだ。


「え、陵悟じゃん」

「……どうよ」

「何がだよ」

「イケメンじゃね?」

「いーや、全くもって今のお前の通りだ」

「オーケー、それは褒めているということにさせてもらおう。だが問題はコレがいつ撮られたかっていう話だが」


「午後5時半、久留風くるかぜ駅前」

 丁度だ、俺達がコンビニに居た時間である。まさか同じタイミングで俺たちに似たヤツが同じ場所に現れるとは。偶然にしても出来た話だ。最近は加工とかもありはするがどうもそのようには見えない。俺たちが普段使わない学校の最寄駅。自転車勢かつ帰宅方向とは正反対。寄る理由が一切無い。


 別に写真に映っている人物は確かに俺ではないにしろ、どういう反応をすればいいのか。ただ俺は驚いて話を続ける。


 結局話は逸れて奇妙といえば奇妙な心持ちで残りの授業を受けて部活へ向かう、行先は文芸部の部室である。


「あ、おうしん生きてたんだ」

 合宿舎の端にある一室の静かな扉をガラリと開けるなり数少ない部員の一人、雪風ゆきかぜ奈月なづきが相変わらずの調子でそんな事を言う。無駄に長い黒髪に、赤縁の眼鏡。性格の読めない嫌がらせのような笑顔で挨拶をかます。


「生きてたんだとはなんだ。この通り俺は生物的に現在進行形で人間らしい生活を送っているわ」

 彼女は机の上で本を持って俺を見据える。


「はは〜ん。実は今、心底動揺しているクセに」

「動揺だと?なんだそれは」

「語彙が無いね〜、馬鹿なの?」

 意味が分からない訳じゃない。訳が分からないのだ。

「それは此方のセリフだ。馬鹿以外にも有っただろう。さて、そんなお前は俺がどうして動揺しているのかについて講釈垂れるがいい。お前が雪風奈月ならば雪風奈月たらしめる、所以である無駄に長い発言をな」

 文芸部に語彙が無いとは何たる巫山戯た発言であろう。暇潰しがてらに彼女の話でも聞いて心境を言語化させてもらおうじゃないか。するとまあいつもの様に意気揚々と話を始める。


「じゃあまず理由の一つ。私より遅れてこの部室に到着したこと」

「毎回お前よりも早くこの場に来ている訳じゃないだろう」


「ふん、まあそうだね。でも今日は掃除も委員会も係も無かった筈だよ。特に行くあての無い君にしては珍しい」

「そして、二つ。左手でこのスライド式の扉を開けた事。先程よりもさらに根拠としては弱いがこれもまた珍しい」

「まあ言われてみればそうだな」


「そして3つ、前の二つはただの探偵ごっこ。コレは決定的だとは思わないかね?」

 彼女は一冊の本を持ってパラパラとページをめくる。確か名前は……。

「"ドッペルゲンガーの軍事利用とその実態"著作者は薪亡マキナ。昨日私が机の上に置いておいた本だね」

 ──世の中には、自分と瓜二つの人間が存在する。通称ドッペルゲンガー、そんな存在を皆さんはご存知であろうか。一説によれば死や身に降りかかる災厄の象徴。出会って仕舞えばそれで終い。


「それと何の関係があると言いたい?」


「何って同じクラスで席が近い生徒の日常会話が聞こえないほど私の耳は悪くないよ」

 つまり、彼女は聞いていたということだ。俺が陵悟にあの写真の話を受けていた様子を。普段、何もない時に写真で自分に似た人間を見せられたところで少々驚くくらいではある。だが、あの本を読んだその翌日にそんな写真を見せられては気分が優れるなんてことはあり得ない。


 飄々とした様子で部長の机の上に座って例の本を読み漁る雪風。


「……そうだな。動揺していることは認めよう。だがお前がいつまで経っても俺の机の上から降りないことは認めないぞ」

 すると彼女は本をパタリと閉じて自分の席につく。

「それで、根拠4つめ」

 俺が入ってすぐに彼女が机に乗っていることを指摘しなかった点。


──数分が経ち俺は思った事をポツリと口にする

「相変わらず変わった本を持っているな雪風は」


「そりゃあ副部長ですから」

 鼻歌まじりに彼女はあの本の続きをめくる。どうやら目当てのページにたどり着いた様で印刷された文章を朗読口調で声に出す。


──第4章ドッペルゲンガーの量産と国家直属組織、デュアルデータ※について。※戦前に発足された教団組織が分裂し国家の傘下に入ったもの。現在では主に裏での諜報組織として活動している。その情報入手には困難を極めた。


 目次、121ページ。デュアルデータと暗殺計画……。ドッペルゲンガー創造にあたって動機について。


 聞くからに胡散臭い話だ。それでも俺なんかが異様に分厚い本を訝しげに見つめても何が見えてくる訳でもなく俺は棚に置いてある本を整理して机上のパソコンを開く……。


 奇妙な心境の中での部活動の始まりである──

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