ハートブレイク!

目を覚ました周防海を迎えたのは純白の天井だった。


彼は自身に掛けられたマイクロファイバー製のシーツを無造作に払いのけ、身を起こす。

四方を囲む無地の白は、入り口が存在しないあの家の同じものだ。


部屋の中央にはベッドが一つだけ置かれ、彼から見て右側の壁際には飾り気のない壁掛けのデスクと無機質な椅子が、左側の壁際に鏡と四角形の無機質な洗面台があるだけで、あとはがらんどうとしている。


冷たい人工の空気が肺を満たし、記憶を揺り起こすように周防の意識を引き戻していく。

目を覚ました彼の頭の中には、異なる記憶が2つ並び立っていた。


過去の記憶と、新しい自分の記憶。

そのどちらもが上書きされる事なく、人格の違う記憶が脳内で両立している。

異なる人格が同居しているみたいで、全身の皮膚が泡立って内臓が裏返ったみたいに気持ち悪い。


洗面台に両手をついて手をかざす。センサーが翳した手を感知し、暖かい水が静かに流れだす。

両手で温水を貯めて顔に当てる。微かに靄がかかった思考が入れ替わったように晴れて、出来の悪い脳みそが重い腰を上げた。


バラバラに散らばった記憶がみるみる最適化されて統合されていく。


周防海の瞳は、鏡が見せる自身の実像に向かった。記憶より伸びた前髪を手櫛でかき上げる。

記憶より荒れた肌。わずかに低い鼻筋。そして何より亡霊を思わせる淀んだ瞳。

記憶とは異なって、昔から見てきた親近感の湧く相貌は、間違いなく彼自身のものだった。




漂白されたような無地の白はナノセラムポリマーで出来ている。

セラミックと合成樹脂、さらに極賞のナノフォージを混ぜ合わせた素材は、耐久性や抗菌性に優れており、何より自動修復機能によりメンテナンスフリーだ。だからこそ、この白はコロニーの至る所で見かける。


21世紀も折り返しを迎えた頃に、世界は深刻な資源不足に見舞われた。

原油の枯渇が引き金となり、環境問題が背中を強く押した。国境線はフリーハンドで書き換えられ、数多の民族は浄化され、ミサイルのカーテンが空を覆う。


三次四次超えて五回目に突入した世界規模のお祭りが終わった頃には、人類は絶滅一歩手前まで追いつめられたと言う。

六度目の大絶滅を恐れた人類は、凸凹になった地表を見て、ようやく冷静さを取り戻し、嫌々ながら手を取り合った。


共通の政府で形上纏まった人類は、出生数を一桁単位で管理しながら、数少ない資源を水増してその場を凌いできた。

しかし、どれだけ引き延ばしても文化的な暮らしは有限だ。


救世案を募ること半世紀、唐突にふって湧いたのがクレイドル計画であった。


小森光発案で始動したクレイドル計画は、五十年分の憂鬱を抱えた老体たちには、さぞ魅力的に見えたろう。

現実そっくりの電脳空間を作り上げ、何もかも満ち足りた空間で老衰を迎えるという消極的な絶滅は議会で高く評価された。

これらにとってはこれが「希望」となり得たのだ。


クレイドル計画は驚くほど順調に突き進み、あっという間に試作の町を一つ作り上げた。

滞りなく進んだのは、まさしく立案者の小森光の尽力に他ならないだろう。

彼女以外にメンテナンス可能な人材がいない事に目を瞑れば、何も問題はない。

技術は進歩し続ける。少し間を置けば、小森光に追いつく技術者もちらほらと出てくるだろう。



そういった中で、此度の事件は引き起こされた。




幾つかの検査を終えた周防海を待ち受けていたのは、スプーン片手にシチューをかっ食らう相良の姿だった。

本来なら上位階級しか入れないコロニーの食堂は、一般国民では滅多に口に出来ない天然食材を利用した贅沢な料理が提供されている。

味や栄養面は悪くないが、その触感と見た目が最悪な合成食品とは大違いだ。


「……ふぁあ!(やぁ!)」


両頬を膨らませ、口の大部分にパンとシチューを含有させた相良は、周防海の存在に気づき声を上げた。

ステーキ定食を頼んだ周防は、トレイは両手を運びながら無言で同じ席に着いた。

忙しなく咀嚼を繰り返す相良は、ごっくんと飲み込むと、息継ぎをするように口を開く。


「君も食えるだけ食っておいた方が良い。こんな機会滅多にないぞ」


「……お前は食える立場だと思っていたが」


「ペーペーの立場を舐めないで貰いたいね。日常的に食えるようになる頃にはヨボヨボの婆さんかもしれないんだ。若い臓器にたらふく流し込んで、糧にし

なくては」


よく見ればシチューの横に、周防と同じステーキ定食と思わしき空の皿が転がっている。

彼もフォークとナイフを手に持って、肉汁を零すステーキを切り分けて口に運んだ。


なるほど、くっそうめぇ。


「三日ぶりに飯だからね、空腹は何よりもスパイスだ」


三日ぶり。そう、目の前に広がる御馳走は、周防海にとって三日ぶりの食事だった。

周防海が中央政府に強制連行されたのは8月24日の27時頃だ。


事件発覚から僅か7時間程で第八ラボに到着した彼は、対話プロトコルを一時間で詰め込み、電脳空間へダイブした。

そして脱出した際の時刻は28日の11時29分。現実空間では僅か数日しか経過していなかった。


これもクレイドル計画が評価された項目の一つだ。電脳空間と現実空間では時間の進みが異なる。装着したデバイスが、脳内の電気信号とシステムの間で行われるデータ圧縮・転送を極限まで最適化しているからだ。


「まだ夢を見てるみたいだ。最初と比べるとかなり明瞭になってきたが、まだ混濁している」


「大変そうだな。君は中で何年……いや、何十年も過ごしたんだろ。じゃあ精神面は実年齢より成熟している事になるのかい?」


「いや、今は違う。記憶というより知識に近いな。実体験だという実感がなくて、教科書で学んだ歴史みたいない感覚だ。光は上手い事やってるよ」


口に含んだステーキを飲み込んだ。

電脳空間でもステーキを食ったが、目の前の肉に比べると比べるまでもない。

あっちの肉はゴムで出来た肉のような何かだ。

周防の顔を見て、相良は悟ったように言を続ける。


「流石の小森光と言えど、味覚の改善再現とまではいかなかった様だね。それでも合成食品に比べると御馳走だ。向こうでは生活はそう悪いモノではなかった」


「あぁ、そうだな。悪くなかった」


周防にとって食事は栄養補給以上の意味を持たなかった。

それを楽しむものだと教えてくれたのは小森光だ。彼女のわがままが無ければ、彼は一生同じルーティンを繰り返していただろう。


「光はどうなるんだ」


「そうだな。彼女は計画の重要人物だ。投獄されることは無いだろうから……暫くは軟禁されて研究三昧だろうね。全く、これだから替えが効かない天才は困るんだ」


「そうか……なら良かった」


周防が一人呟くと、相良の両手が止まり、彼の顔に向け伸びた。

両頬を固定するように彼女の両手が添えられて、細部まで観察するように目を細めた相良が顔を近づける。

眼球が全体を舐めるように動いて、鼻で笑った彼女が顔を離した。


「大違いだな、周防」


「大違いというほどではないと思うが……そうだな。顔の形は少し変わって……いや、元に戻ってる」


「嫌な目つきだ。もう世界はおしまいですよって感じで、見てて億劫になる。その辺を歩けば無限に見つかる嫌な目。もっとコントラスト高くしてみないか?前みたいに」


「ワザとやってるわけじゃない。俺もまだ違和感があるんだ」


「悲しいよ僕は。目を輝かせて未来に希望を持っていた周防は、もう何処にもいないんだね。有象無象に紛れて、いつかは群衆を形成する一分子でしかなくなるんだ。うぅ、涙が止まらない」


思わせぶりに空を仰いだ相良は、お遊戯みたいな泣きマネを披露する。

これがもし電脳世界での彼であれば、多少なりとも反論を繰り広げていただろう。


しかし今の彼は違う。

抵抗はなく、憤りもない。

ただ薄暗い諦念を見せる周防に、相良は奥歯を噛みしめる。


「なんか言いなよ、いつもみたいにさ。うるせぇとかでもいいから」


「いや……俺は二等国民だからな。反論できるような立場じゃない。」


「立場が人を作るわけじゃないだろ!……あんまり、そういう事を言うなよ。イライラする」


テーブルに置かれた相良の指が、コツコツと一定の素早いリズムを刻む。

顎下にもう片方の手を持ってきて、彼女は睨むように彼を見つめた。

口は開閉を繰り返し、落ち着きのなく首を揺らしている。


不機嫌を察した周防が、話題を変えるように声を張った。


「……色々と一人で頑張らせてしまって申し訳なかった。交渉役だと言うのに、俺は全てを忘れて呑気に暮らして……最後に来てくれたのが相良じゃなかったら、きっと全てがあそこで終わっていた」


「……なんだい、それ。記憶が戻って心変わりでもしたか?」


「いや、ない。助けて貰ってこう言うのは憚られるが……少しも反省はしていない。また同じことを光がやろうとするなら……俺はどんな手を使ってでも光の願いを叶えるね」


言い切った周防の目は鋭利な刃物のような鋭さを帯びている。

反射的に相良の体に力が入る。が、険悪な雰囲気は直ぐに霧散する。

前かがみになった相良を見て、薄い笑いを浮かべた彼は、深々と刺したフォークを摘まみ、大きな肉の塊を嚙み切った。


「冗談だ。もう同じことは起きないからな」


「……どうして、そう言えるんだい?替えが効かないせいでマトモな罰則も与えられなかったんだ。僕が小森光なら同じことをやるよ」


彼はフォークの先を相良に向けてから、これは失礼かとフォークを下げた。


「相良ならな。でも光は相良じゃない。理屈じゃなくて、でも分かるんだ。俺が一番光の事を分かっているから」


「きも」


「どうとでも言え。それに光はもう……お前の顔は死んでも見たくないと思うぞ。どうせまた止めに来るんだろ」


「そうだ。例え全人類が滅んでも、僕だけは有機分解高炉から這い出て、君達を止めてやる。


相良の嫌われ具合は相良自身が一番よく分っている。

周防海がまだ眠っている間、小森光の元に訪れた相良は、親の仇のようになじられ、追い出されてしまった。


(僕に会いたくないから……ね。なるほど、確かにそれはありそうだ)


自嘲気味に微笑んだ彼女は、移り変わるみたいに額に影を落として眉をよせた。

再び貧乏ゆすりのように机を指で叩き始める。


又も陰りを悟った彼は、分かりやすく狼狽える事はないものの、言葉選びにより慎重になる。


トントンという槌音が止むと、改めて背筋を正した相良が、空気を切り替えるように話を別に移した。

テーブルの上に置かれたシチューの皿はとっくの昔に空っぽになって、何もない空間を弱く握られたスプーンが何度も掬っている。


「小森光に会えると思っているのかい?君の為にこの事件を起こしたようなものなんだ。面談申請を上げても、上がそう易々と承認をするとは思えないし、上から承認されたところで、彼女自身が断るかもしれない」


冷笑を含んだ問いかけは、しかし周防海を変容するには至らない。


鈍く淀んだ瞳では見える範囲も限られてしまう。

未来や希望なんて浮ついた概念に耐性が出来てしまった凡人は、代わり映えのしない地獄で呼吸を繰り返し続ける事になる。


それでも彼は見つけてしまった。生涯をかけて縋り付く事が出来る誘蛾灯に。


「光が……俺の事を好きって言ったんだ。俺だけの為に大掛かりな計画まで立てて……なら、俺もそれに報いる必要がある。でも二等国民で凡庸な俺に掛けられるものなんて……一つしかないだろ?」


自傷のように笑う周防の顔は、溺れる者のように相良には見えた。

相良の額に冷や汗が流れる。

よぎる不安を振り払うように、跳び出すようにテーブルを叩き立ち上がる。


「ダメだ!そんな生き方をしてしまうと、君の人生は絶対に好転しない」


「そうなんだろうな。相良の言う事はいつだって正しい」


「僕にだって間違いはあるが、少なくとも君よりはマシだ。女なんて腐るほどいる。二等国民でも労働階級から見れば立派な管理階級だ。簡単に靡く女なんてゴロゴロと…!」


「そうだな。適当な女と結婚して、十年も一緒に暮らせば情も芽生える。強い感情は時間で風化して、いつかはそれを幸せと思える日が来るだろう」


ならば、と息巻いた相良を目で制し、彼が二の句を継ぐ。



「だから掛けるんだ。じゃないと釣り合わない」


彼女の相貌が幾重に移り変わる。瞳孔が収縮して、眉間に皺を刻む。

奥歯を噛みしめて、テーブルの縁を握る手が震えている。刺すように力が込められた視線は次第に泳ぎ出して、手の震えが止まった。

片足だけの力が込められてない地団太が始まって、喉の血管が浮いたり沈んだりしていた。


「そういう考え方になるのは自己肯定感が低いからだ。幼少期から対人関係に難があった小森光が、幼いキミを自身に依存するように仕向けた。だから正しい自己形成が行われず、歪な依存関係が今のキミを作った」


俯いて話す彼女は、読経のように平坦でスラスラと言葉を並べる。

相良は自身も分かっているのだ。どうやっても目の前の男を変えられない事を。

それでも確認をとったのは彼女の執着だった。


「それでも……なのか?本当に周防はそれでいいのか?」」


「もう決めたんだよ。どうしようもなく」








相良薫は仕事が好きだ。


国家安全情報省——百年前は公安とも呼ばれた組織に所属する彼女は、蝶や花より労働を愛でる生粋のワーカーホリックだ。

特に情報省の業務は素晴らしい。働けば働くほど、社会に自分という証を刻みつける事が出来る。


小森光と同じく、教育課程を飛び級で修了した彼女は、ただひたすらに職務に興じていた。


彼女は自分の人生に概ね満足している。

仕事は楽しく、組織からは正しく評価され、大きな挫折も経験する事なく、立派なキャリアも形成できている。


何もかも満ち足りた彼女の渇きに照明が当てられたのは、小森光が電脳空間に閉じ込められた時だった。


任務の内容を聞いた彼女は高揚した。

救世案に成否に関わる任務は、世界の命運を握っているようなものだ。


ここまで大掛かりな仕事は彼女にとって初めてだった。

計画自体が消極的な絶滅を目指したものでなければ、もっと最高だったが。


仮想の学生生活はそれなりには楽しい。生きているかのように振舞うクラスメイトは、NPCだと分かっていても人間のようにしか思えず、それでいて皆いい奴ばっかりだ。


早く社会に出たいという一心で駆け抜けた教育課程は、振り返ると決して悪いものではなかった。

仮想空間での生活自体が公務の一環であった事も大きいが。


その間何もしていなかったわけじゃない。

既存のNPCを上書きするようにダイブした彼女は、高校に通いながらも小森光の情報を集め続けた。


周防海と同じ中学だった生徒から小森光の存在を知った彼女は、すぐに家を特定し接触を試みるが失敗。

近隣まで近づくと、行く手を見えない壁に遮られ、それ以上近寄る事が出来ないのだ。


打つ手なし。

長期戦を覚悟した彼女は、記憶に何かしらの処置を受けていることが明白な周防海と交流を保ちながら、ありふれた日常を繰り返していた。

生活に余白が生まれると、自分を見つめなおす機会が増える。


ある時、ふと相良薫は思った


「そう言えば恋愛らしい恋愛をした事がなかったな」と。



相良薫は恋に恋する……とまではいかないが、それなりに興味があった。

これまでは優先すべき仕事があった。仕事さえしていれば満たされていた。

それが休止した今、空いた隙間に割り込んだのが恋愛だ。


人生を構築する要素は全て味わうのが相良薫の生き方。


彼女にとって、周防海はちょうどいい存在だった。

小森光宅に消えていく彼は、恐らく障壁を抜けられる。


この世界は複雑なコードで作られているが、見えない部分はかなり簡略化されている。

それこそ彼と物理的に接触したままなら、恐らく障壁は超えられるだろう。


必要なのは彼からの信頼。異性相手に信頼されるには恋愛感情が一番手っ取り早い。

しかも、仕事という側面も付随している。文字通り仕事と恋愛の両立、これに飛びつかない彼女ではなかった。


彼女は、少なくとも周防海に対し恋愛感情は持っていないと自認している。


それは小森光をログアウトさせるという任務を終えた後も気持ちは変わらない。

好きな人は居ないが、恋愛っぽい事はしてみたい。

その感情の前に大義名分というネギを背負って現れたのが周防海であった


自分なりに“彼女”という役職を演じて、周防海も不器用なりに“彼氏”という役回りを演じてくれた。


現実世界の人々と違い、未来に希望を持っている彼の瞳には特に好感が持てた。

恋愛気分を味合わせてくれた周防海には感謝しかない。

平和な電脳空間とは違い、殺伐とした終末世界は仕事に事を欠かない。

既に恋愛とは何かを理解した今、よっぽどの相手に出会わない限り、恋愛に興じる事はないだろう。


だと言うのに。

相良薫の、たった一人の「恋仲だった男」だと言うのに。

その男は、見るからに地雷の女を踏み抜いて人生を台無しにしようとしている。



イライラした。

無性に癪に障る。

憤りを感じた。


どうせなら幸せになって貰いたい。

これから先も魅力的な人物で有って欲しい。

あんな女に負けたみたいに思いたくない。


相良薫の国民等級は小森光と同じ特級だ。

権力を行使すれば、二等国民の彼を強制的に物にすることは出来る。だがそれは彼女にとって敗北宣言だ。


小森光がそうしなかったのは、彼の自由意思を尊重した結果だった。

なら同じ土俵で戦う必要がある。


それが相良薫の生き方だからだ。

だからこそ目の前に座る、どんなに説得しても聞く耳を持たない男が憎たらしい。


「……勝手にしろよ、浮気野郎。あの時、小森光の家で手を離した事……僕は絶対に許さないからな」


立ち上がった相良薫は、さっきまで座っていた椅子を蹴っ飛ばす。

ナノセラムポリマーで作られた白い椅子が音を立てて倒れた。

いきり肩で彼女は食堂を去っていった。


少し凹んだ椅子は、空気を入れなおすように損傷を修復し始めた。





誰もいない白い廊下を、見るからに不機嫌な相良薫が歩く。

強い歯軋りの音が廊下に響いて、強く地面を踏みしめている。


イライラする!


大きな挫折を知らない相良薫は、思い通りにいかない現実に強いストレスを覚えた。


あの野郎済ました顔しやがって。

別にいいけど。

男とか世の中に腐るほどいるし。

知らんけど。

趣味悪いんだよバカ。

趣味悪!趣味わ~~~~~る!!!

別にちょっと目が澄んでただけで……今は全然違うし……だる。



少しだけダウナーになった彼女は思考を整理する。

よっぽどの相手がいない限り、次の恋愛は多分ない。


なら自分の恋愛が敗北で終わってしまうのではないか。

それだけは許容できない。相良薫は絶対に認めない。


なら発想を逆転させればいい。

つまり、よっぽどの相手を自分の手で作り出す。


好きな要素を抽出した。

目が死んでない、素直、ちゃんと努力してくれる。


ダメだ、最初の要素で全滅してる。


どいつもこいつも勝手に絶望しやがって。

ちょっと環境問題が悪化してて、資源が足りなくて、政府上層も諦めて、安らかな終焉にシフトしてるくらいで未来が終わったと思っている。



ん、いや。そうだ。これも逆転すればいい。


つまり、僕が世界を救えばいい。

世界を救う→誰も絶望しない→皆おめめキラキラ


ちゃんと努力してくれる素直な男なんて、世の中にはたくさんいる。きっと。


そうだ。

うん。決定。

よしこれでいこう。


僕がパパっと世界を救って、最高の男性を育成すればいい。

よし、やる気出てきた。


じゃあ次はどうするか……まずは出世だ。

こんな事もあろうかと上司の弱みは一通り握っている。そこから勢力を伸ばし情報省を掌握して……周辺国を巻き込んで環境改善を……その次は……。





廊下を歩む相良薫の足取りはすっかり軽くなっていた。

表情にはいつもの余裕が戻って、口角は上がり切っている。

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