怪異屋忌憚~失われた学園と契約神の集~

おもちゃ箱

ノノ:黒白

プロローグ 黒白 上

 あなたはこんな噂を聞いたことないかな。学園都市の中心から離れた郊外にどんな悩み事でも解消してくれるお店があるんだって。

 正直眉唾だと思ってたんだけどこの前確かな情報を聞いてね、行ってみようと思ってるんだ。ちょうど悩み、というかお願いしたいことがあって……。

 それはいいんだよ。とにかく行ってくるね。


****


 今までは学園都市の郊外には正直足を運んだことはなかった。かつてこの場所にも学園があったみたいだけど今は使われていない施設が残っているだけのようだ。

 正直な話この郊外についてあまりいい噂は聞かないんだよね。治安が悪いとかそういうのではないんだ。ほら、一応学園都市内だからそこら辺は問題はないんだ。

 夜になったら出るみたいなんだよね。霊的なそれが。前の学園がどうして潰れたか不明だから色々尾ひれがついてるだけだと思うんだけどそれでも夜に1人で来ようとは思わない。

 今が昼間でよかったよ。その昼間でも周囲には全然人通りがない。今でも利用されているのは大きな倉庫くらいだから人が来る理由もないんだよね。こんな場所に来るのは好奇心旺盛な1年生か私のような特別な用事がある人くらいだよね。

 学園連合の人たちもこの郊外を開発すればいいのにね。放置されてるから余計に変な噂がたつんだよね。


「えっと、確かスタートはこの時計台だったよね」


 私はこの郊外のシンボルだったであろう建物を見上げる。そんなに高くないので抜きん出るという感じではないけど何といえばいいのか貫禄のようなものが感じる。

 この時計台の特徴である時計部分は完全に止まっている。壊れているというよりはみる人もいないから動かしていないという感じかな。みる限り定期的に手入れはされてるみたいだし。


「午前、午後それぞれ1時に鐘が鳴る。それが例のお店の開店の合図だったよね」


 私は手元の懐中時計を見つめる。時間にして12時59分。情報通りなら鐘が鳴るはず。5、4、3、2、1――

ゴーン

13時00分を針を指した瞬間控えめな音量の鐘の音か1度だけ鳴った。音が響き渡ることはなく、周囲の建物の間にすぐに消えた。

 これなら鐘の音があまり噂にならないのも仕方ないよね。この時間に時計台の前にいる人何てどれだけいるか、て感じだし。

 でも、まあ、お店の話の信憑性はあがったのは確かだよね。私は時計台の入口に近づいてドアノブに手を伸ばす。鍵は……開いてるね。

 私はさっとドアを開けて中に体を滑り込ませる。誰かに見られたらあらぬ疑いをかけられないからね。

 私は中に入ると上に視線を向ける。鐘を鳴らす場所は2階だ。今上に行けば鐘を鳴らした人に会えるはず。

 私は急いで階段を駆け上がる。そうして鐘の下まで来たけど誰の姿もなかった。

 誰ともすれ違ってないし隠れられるような場所も途中になかったと思うんだけど……

 鳴らされたのはこの鐘だよね。そう思い上を見上げるとそこに付箋が貼ってあった。


『振り返って右手のドアにお進みください』


 確かにそう書いてあるように見える。ドアってこの部屋にそんなものあったかな。

 そう思って振り返ると確かにそこにドアがあった。人影を探して見て回ったときはなかったはずなのに。見落としたなんてことあるのかな。

 なんとも腑に落ちない気分だったけど私は諦めてドアに近づく。こうして近づくと何ともミスマッチというか。まるで後からつけられたみたいな……。

 いや、そういうのはもうよそう。それよりも――このドアの先の話だ。あの意味深なメッセージ。この先がたぶん私が探している店のはず。

 私は躊躇うことなくドアを開けて中に踏み出した。

 その部屋はさっきまでの明かりのない薄暗い部屋とは違い随分と明るい。電灯はこんこんと輝いているし、部屋の隅では除湿器が作動している。

 ほとんど使われてないエリアとはいえ電気は通っているみたい。私は空っぽの棚の間を進んで部屋の奥に向かう。棚に商品でも並んでいたら商店という感じなのに何も置かれてないと少し不気味かも。


「いらっしゃいませ」


 部屋の奥まで行くとそこにはカウンターがあり、そこにいた店員がいた。てっきり腰の曲がった老婆とかが出迎えてくれるのかと思ってたけど若い、私と同じくらい? いや、待ってもしかして……。


「あなた、もしかして黎明学園の――」


 そう私は言いかけたが彼が人差し指を唇に当てるのを見て慌てて口をつぐむ。彼の後ろにあるホワイトボードに規則が書かれているのが見える。その中に「ここは中立地、学園のことは持ち出さないように」という項目があった。

 危ないあぶない。禁止事項のことは事前にわかっていたのに危うく破ってしまうところだった。


「僕は1年生のヒロトです」

「わ、私は2年生のノノよ」


 私はヒロト君に倣ってそう名乗った。実名はNGなのでいつも呼ばれているあだ名の方を使った。

 でもまさか知っている人が出てくるとはつゆにも思っていなかったよ。学園も違うからそこまで話したことがあるわけでもないけどこれから話すことを考えると全く知らない相手と比べてやっぱり緊張する。


「ノノさん、一応聞きますがここがどういう場所かは?」

「うん、知ってるよ。怪異屋、だったよね。特別な方法で悩みを解決してくれるって」


 怪異屋というくらいだからを利用するんだろうな、なんて漠然とは思っているけど正直半信半疑ではある。でも期待もしているんだ。


「そうですね。それではノノさんはどういうご用件でしょうか。怪異でお困りですか? それとも――」

「私におまじないを売ってほしい! どうしても今回の告白を成功させたいの!」


 勢いに任せて私はここに来た目的を口にした。私の勢いに驚いたよにヒロトくんは瞬きをした。

 正直に言うなら私が告白した回数は両の手で数えられないくらいにある。一つは私が惚れやすい人間だということ。そしてまあ、割と思いっきりがいいというのもある。今回のこれだってその一つと言えるかな。普段だったら告白なんてスパンと行けるんだけど今回は特別というか……。とにかく背中を押してもらいたいというのが正直な気持ちだった。

 どうせ背中を押してもらうなら特大なものがいいな、と思ったのでこうして足を運んだというわけだった。さすがに思いっきりが良すぎる気がすると自分でも思うけど。


「おまじない、ですか。いくつか候補はあると思いますがどれぐらいのものを考えていますか?」

「どれくらいのもの?」


 何を確認したいのか正直わからなくて私は聞き返した。おまじないにグレードみたいなものがあるのかな。


「効力の話ですね。必ず告白が成功するものから告白する勇気を与える程度のものまであります」


 必ず成功するって、何かそれはさすがに怖くないかな。さすがに私もぶるぶると首を横に振った。


「せ、背中を押す程度で。あ、できれば少しくらい成功率が上がればいいなーって……」

「……ちょっと待ってくださいね」


 カタログのようなものを取り出してヒロトくんはそれを捲っていく。


「最初に言っておきますがどの程度のものでもある程度のリスクはあることは覚えておいてください。ではまずはこれはどうでしょうか」


 ヒロトくんはそう言うとカウンターの上にラベルの張られたビンを置いた。ビンの中なので色はわかりにくいけれどおそらく無色の液体が入っていた。えっと「黒白」って書いてあるのかな。想像とはなんか違っていてどう反応していいかわからない。


「これは黒白こくびゃくといって複数の可能性を二つに収束させるものです。今回の場合は告白が成功するか、フラれるか、ですね。他の可能性が消える分成功率はあがるはずです。副次効果として迷いは消えるかと思います」


 黒白という名前と説明からすると白黒をはっきりさせる薬ということかもしれない。なんだ怪異がどうとか言うから身構えてたけど結局はこういうもの何だね。


「わかったよ。これをいただいてもいいかな。いくらかな?」


 私がそう尋ねるとヒロトくんは紙をカウンターの上に置いた。領収書か何かと思ったがそこには契約書と書かれていた。それにこの値段って……。


「た、高すぎない?」


 そこに記されていた額は多めに持ってきた私の財布を空にするに十分だった。こんなの学生のお小遣いでは買えたものじゃないよ。


「一応一点ものですから。用事が終わった後来ていただければ回収しますのでその際は半額お返しいたします」

「え? どうやって回収するの? 飲んだら無くなっちゃうんじゃ……」


 私の言葉にヒロトくんは不思議そうに首を傾げて私の視線がビンに注がれているのを見て納得したように頷いた。


「これは薬じゃありませんよ。中に入ってるのはただの水です。飲むという行為を介して「黒白」を体内に取り込むんです。よろしければこちらにサインをお願いします」


 学園の生徒が騙すとは思えなかったけど契約書の内容はしっかりと読んでおく。要約すれば商品によって発生した損害は賠償しませんということと商品によってもたらせれた問題解決に協力しますよ的なことが書かれていた。ただ一つ気になることがあるとするなら……。


「ここに書かれている"ツクヨミ"って誰?」

「うちの店長ですね。僕は実はただのバイトで」


 へー、ここ、バイト雇ってるんだね。情緒も風情も感じられないなと思いながらも問題はないと思ったのでサインをしてお金を払う。これはしばらく外食はなしかなー。

 お札がレジの中に消えていくのを眺めながら私は小さくため息を吐く。いや、将来のことより今は目の前のことが大事だ。

 私は所有権が私に移ったビンを手に持つ。


「これって飲めばいいんだよね?」

「はい。無味無臭なはずなので気にはならないと思います」


 ここで買ったものはこの場で消費することが原則、ホワイトボードの規則にも契約書にも書かれていたことなので先延ばしにすることはできない。

 私は覚悟を決めてビンの中身を一気にあおった。生ぬるい液体が喉を通り抜ける。うん、これは常温の水だね。体感的には何か変化があるようには思えないけど……。


「ノノさん、こちらの絵は好きですか?」

「うん、好きかも」


 急にヒロトくんが壁にかかっている絵を指して聞いてきたが私は深く考えずに答えた。


「ではこちらは?」

「嫌いかな」


 別の絵を指して聞いて来たので私はそう答えた。私には何のための質問かわからなかったがヒロトくんは何かわかったように頷いた。


「問題はなさそうですね。最後に注意点を一つ。告白が終わったら必ずお祓いをするかこちらに再び足を運んでください。先ほども言った通り今回の支払いの半分はお返ししますので」

「あ、うん、わかったよ。ありがとう」


 私はビンを返却して帰る準備をする。もうちょっと周りを見ておきたい気もしたが用が済んだら帰らなければならない。それもまた決まりだった。


「お帰りはこちらになります」


 ヒロトくんが指した場所には青いドアがあった。あんな場所にドア何てさっきまであったけ? あまり気にしてみていたわけではないから気のせいと言われたらそこまで何でけど……。

 考えても仕方ないと思い直して私はもう一度ヒロトくんに会釈して青いドアを開けて外に出る。

 と、そこは時計台ではなく寂れた時計屋の前だった。驚いて出てきたドアを振り返ったがそこに青いドアはなく、「  時計店」と霞んで読めない店名の書かれたドアがあるだけだった。

 夢でも見ていたのかと思って財布を確認したが中身はすっからかんだった。うん、現実に起きたことだよね。あのお店自体が怪異現象だったなんて、ね。

 試しにドアノブを回して見たが鍵がかかっているのか開かなかった。まあ、目的は達成したことだしひとまずは帰るとしよう。

 難しいことを考えるのはやめて私は帰路につくことにした。自分がどこにいるかよくわからないけど帰れるよね?

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