第49話 龍が抱いた人への想い、彼方へ

「さっさと歩け、キリキリ行かんかぁ!」

「「「ひいいい!!?」」」


 パン勝負が終わった途端、兵士数人が駆けつけて審査員だった3人を連行していく。

 随分と用意周到な捕り物劇だ。


 彼らは既に重犯罪者扱い。

 おまけにザルボさんからも買収の事実が打ち明けられた。

 こうなれば詐欺罪までもが加わり、末路はもはや想像すらできない。


「では邪魔をした。コナリア村の諸君、これからの発展に期待している」


「皇帝陛下の御配慮に感謝いたします」


 これでフェンディアの用事も済んだのだろう。

 村長を始めとした全員と挨拶を交わすと、兵士の後を追って去ってしまった。

 少しくらいは家でゆっくりしていって欲しかったのだが。


「安心しぃ、ウチがたっぷりしっぽりゆっくりしたったるで」


「隙を見て俺の読心をするんじゃない。……とはいえ、久しぶりの再会だ。歓迎するよ」


「クッシシシ! なんなら朝までねっとりしとってもええんよぉ?」


「はぁ……君ももう30半ばだろう? そういう所はいい加減直したらどうなんだ」


「リアンってばホンット真面目ちゃんやなぁ~」


「まじめちゃーん!」


 ラクシーニュも調子に乗って昔以上に密着してくる。

 口調が同じなテティまでマネしてくるし、なんだかラクシーニュが二人になった気分だ。


 しかもよく見たら、遠くでフェンディアが凄まじい眼光を放ってきている。

 一体なんだっていうんだほんと。今日は厄日か?


「なんにせよなぁ、ウチらが来たことで状況がひっくり返ってんから、ご褒美くらいは欲しーなぁ」


「ああ、そうだな」


「せやから、ご褒美のぉ、ちゅーーーってやつぅ! ちゅまっちゅまっ!」


「キャッハハハ! ちゅーーー!」


 確かに、感謝はしないといけないな。

 何よりも、この勝利の鍵を導いてくれたエルデに。


 ひとまずラクシーニュとテティを合体させ、エルデの家へ赴く。

 しかし相変わらず気配はない。一週間も前から姿を消したままだ。


 龍の菜園にも来てみたが、やはりここにも姿はない。

 手入れをした痕跡はあるのだ、まだ近くにはいるはず。


 微かな魔力を周囲に散らし、山の中を駆け抜ける。

 この魔力感知方式なら、彼女ほどの実力者が見つからない訳がない。


 ……やはりだ、いた。


 一週間放っておいたのは悪く思う。

 だけどそれは君にオーガトリュフロールを食べさせたかったから。

 君が望んだこのパンを、君にどうしても食べてほしかったから頑張れた。


 だから頼む、どうか逃げないでくれ……!


「よし、ここに――!?」


 反応のあった場所へとすかさず駆け抜け、辿り着く。

 それと同時にエルデの無事な様子もこの目で見えた。


 エルデは気付いても、逃げはしなかった。

 でも、待ってくれている訳でもなかった。


 ただ、あのジーデルと対面中だっただけで。


「お、お前は!? なんでお前がここに来るんだよっ!?」


「俺もエルデに用があっただけだ」


「リアン……」


「今日まですまんエルデ、でもようやく君の求めるパンが完成したんだ。そしてジーデルとの勝負も済んだ。あの家を失わずに済んだよ」


「ああ、遠くから見ていたよ」


「そうか」


 よかった、なら余計な話を挟まずに済みそうだ。

 一週間も姿を消していた意図はまだわからないが。


「あれで勝ったなんて僕は認めないぞ!? 味なら僕が勝っていたんだ!」


「そうだな。そこは俺も納得した訳じゃない。だからもうおあいこでいいじゃないか」


「くっ!?」


 ジーデルは相変わらず頑ななままか。

 温情でフェンディアに見逃してもらったというのに随分と豪気なものだ。


「だったら僕の邪魔をするな! エルデさんとは僕が最初に話を始めたんだ! ねぇ、そうでしょうエルデさん!?」


「ああ、その通りだ。すまないリアン、しばらく待っていてくれないか?」


「わかった」


 俺としては別に出し抜くような意図はない。

 だから望まれた通りに一歩引き、二人の様子を離れて眺める。

 ジーデルは俺の視線を気にしているようだが、それこそ関知することではないな。


「エルデさん、この場所は懐かしいですね。僕が迷っていた時、よく連れてきてくれましたっけ。元気の出る場所だって」


「……」


 ふと言われて気付いた。

 そういえばこの場所、周囲よりもずっと魔力の濃度が高い。

 それでいて空気が澄んでいて、周囲の木々からも強い生命力を感じる。


 ――もしかしてここは地脈湧泉マナスポット、大地が息吹く場所か。


 どうりでコナリア村一帯が濃い魔力に包まれていると思った。

 この湧泉から溢れたものが周囲に散布されていたんだな。


 だからエルデはこの場所を好んでいた、という訳か。


「あれから色々とありました。あなたに反論した時も。だけど、あれは間違いだった。僕はあなたと離れて初めてその優しさに気付くことができたんです」


「ジーデル……」


「僕はあなたが好きだ。どうか、僕と一緒に来てほしい。過去の過ちは正せなかったけど、これからの未来を、あなたと一緒に歩んでいきたいんだ!」


 ……そうか、ジーデルの本当の目的はあの家ではなく、エルデだったのだな。

 それで執着のあったあの家を潰そうとしていたという訳か。

 これはさすがに見抜けなかった。


 でも、それならどうしてエルデは黙ったままなんだ?

 ジーデルとは懇意じゃなかったのか?


 エルデは前にも言っていたはずだ。

 あの家でパンを焼くジーデルに惹かれていたのだと。


「エルデさん! 答えてくれ! 僕はあなたを生涯愛したいと思っているんだ!」


「……」


「どうして答えてくれないんだエルデさんっ!? なんでっ!?」


 静かな山間にジーデルだけの声が木霊する。

 エルデもうつむいたままで、反応すら返さない。迷っているのだろうか?


 それとも、別の理由が?


「……ジーデル」


「はい、なんですかエルデさん!」


「お前は今、私を生涯愛すると言ったな?」


「ええ、もちろんです! 絶対に不幸にはしません!」


 ふと、視線を感じた。

 きっとエルデが一瞬だけ、俺に視線を寄こしたのだ。


 ……そうか、そうだよな。

 悩ましいよな、この答えは。

 たとえ本心が嘘でなくても、結果的には噓になってしまうから。


 でも、エルデの意図がわからない以上、俺から言えることは無い。

 だから俺はゆっくりと目を瞑ることで返した。


「……わかった。ならばお前と寄り添おう」


「ほんとですか!? やったあ!」


「だが、お前の意思が本物ならば、だ」


「――え?」


 途端、メキメキと軋む音が聞こえた。

 最初は肉のようなミチリとした音が。


 それが次第にバキバキという枝を折る音へと変わり、周囲に広がっていく。

 小さな葉の音をバサバサと落としていく音と共に。


『コオオオオオ……!』


「あ、あああ……!?」


 次に聞こえたのは大地を揺るがすほどの吐息。

 それと怯えて声にもならない引きつった息遣い。


 たまらず脂汗が垂れる中、巨大な吐息がついに声となす。


『この私が欲しいか? この、人ならざる者の私が……!』


「ひ、ひ……!?」


『貴様に、この私と生涯寄り添えると誓えるかァ……!!!!!』


「ひ、ひいえああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 直後、悲鳴が上がり、その叫びも足音と共に小さくなっていく。

 微かな汚臭をまとわせたまま。


 やはりあの男では事実には向き合えなかったようだ。

 わかっていたことだが、それにしたって情けない最後だ。


 そう思いつつ目を見開くと、いつも通り姿のエルデがいた。

 ただ、あられもない姿を晒していたので今は目を逸らしておこう。


「いいのか、エルデ? 君の正体を明かしても」


「これが私なりのけじめだ。あの男への、そして自分自身の情けなさへのな」


「自分自身の?」


「ああ。今更ながらに気付かされた愚か事だ。その代償として正体を晒す他なかった。ならば結果この地を追われようとも、運命と受け入れよう」


「随分と思い切ったことをしたものだな」


たつ飛びは痕を濁さぬ。かつてより何度もしてきたことだ。少し心残りではあるがな」


 上着を脱ぎながら歩み寄り、彼女に羽織らせる。

 エルデもようやく落ち着いたようで、素直に受け取ってくれた。


「……昔、私はある男に惹かれてこの地に舞い降りたものだ。その事実は私の中に残る思い出深い記憶の一つとして、今なお消えぬ」


「ならどうして黙って付いていかなかった?」


「ふふっ、付いていく訳もない」


「?」


 そしていつも通りに優しく笑い、俺に寄り添ってくれる。

 そんな彼女の金色の瞳は、艶やかで輝いて見えた。


「彼はジーデルJrジュニア。そして私が惹かれた男はジーデルの祖父だ。ただ私は見分けがつかなかっただけだよ」


 輝かしい瞳の中に微かな濁りが覗く。

 想い人の死に目に遭えなかったこと、その後悔が滲んでいるかのように。


 それでも強気にいようとするエルデを、俺は抱き締めずにはいられなかった。




 ……ドラゴンは1000年を生きる。

 その間に見る人の人生など、瞬きにも等しく過ぎ去っていく。


 きっとその想い人の出会いもまた、エルデにとっては一瞬の出来事だったのだろう。

 ドラゴンのとなりで、パンを焼く――その事実に気付くこともなく、老人は思い出の中だけで消えていた。


 だから、せめて俺だけは隣に居続けたいと思えたのだ。

 もうこれ以上、この愛溢れる温もりを少しも無駄にしたくはないから。

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ドラゴンのとなりで、パンを焼く ひなうさ @hinausa_fatff

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