第20話 元勇者としての矜持

「さて……貴殿には悪いが、今日よりこの学び舎を続けることを禁ずる」


「なっ!?」


「領主たる、このダンダルト侯爵が直々に命じたものである。よって拒否は許されぬ」


「父上!? 一体何を言って!?」


 おいおい、いきなり何を言うかと思えば今度は権力の行使だと!?

 この男、いったい何を考えている!?


「この村は只の生産拠点でなくてはならぬ。それがこの地を預かるダンダルト家の総意だ。故に村人は村人、農民は農民でよい。余計な知識など不要である」


「お、お待ちくださいダンダルト侯、それではこのコナリア村はこれ以上の発展を見込めません。より知識を得て他の街や村と交流し、発展しなければいずれこの村は――」


「ならば無くなればよい」


「「「ッ!!?」」」


「別にこの村が無くなった所で何も困らん。年の収穫量も他の農村と比べて低く、山奥の遠方であるがゆえに通る必要性さえ無い。防衛拠点にすらならぬわ。存在価値が無いのだよ。むしろ発展などされれば余計な手間と税金がかさむだけで存在が邪魔なのだ」


 侯爵は平然とこんなことを宣い、何事でもなかったかのようにネクタイを締め直している。


 鬼か? この男は。

 コナリア村が滅んでもいいと、本気で思っているのか……?

 それが領地を預かる人間の言えることなのか???

 少なくとも俺の知る貴族の友人はこう傲慢ではなかったはずなのだが。


 ……ああ、頭が痛くなってきた。

 ダンダルト候がこんなにも理解しがたい人物なのかと、悩むことさえ億劫になる。

 領主というのはどいつもこいつも傲慢なのかと疑いたくなるぞ?


「理由は以上だ。リアンとやら、貴殿には悪いと思うが新しい雇用先を――」


「その心配は御無用ですよダンダルト侯。自分はこの役割を辞めるつもりはございませんので」


「なに……?」


 おかげでもう本音が漏れてしまった。

 いや、この男なら遅かれ早かれ歯向かっていたことに違いは無いか。


 元勇者としての直感が「従うな」と告げてくる。

 民衆の生活を蔑ろにするなど、相手がいくら侯爵といえども到底感化できはしないだろう……!


 確かに、俺にはこのコナリア村と直接的な関係は無い。

 義理立てするような借りがある訳でもない。


 それでも、人を守る冒険者として戦い続けた矜持はある!


「どういうつもりかね? まさか、たかが一介の冒険者くずれが、この地を預かりし侯爵である私に逆らうと?」


「いえ、滅相もございません。いくら自分とて国と真っ向から争う気はありませんよ」


「ならばどういうつもりだ? 歯向かうのであれば私とて容赦はせぬぞ?」


 ダンダルト候が俺を睨み、敵意をぶつけてくる。

 初手からこの物言いか。この男、予想以上に冷酷で野心的だな。


 気に入らないことには徹底的に潰そうとしてくる。

 この様子だと、きっと息子サシェのことも地位向上の道具程度にしか思っていないのだろう。


 ……だが、それならそれでやりようはある。


「なに、簡単な話ですよ。自分がこの地を買い取ります」


「なんだと……!?」


「ダンダルト候にとっても悪い話ではないでは? 貴殿にとってこの地は見捨てているも同然。それを自分が預かり、代わりに統括しようというのです。価値ほぼゼロがただのゼロに変わる、損は無いようなものでしょう?」


「ぬぅ!?」


 野心家は敵に対する敵意も強いが、利益に対してもうるさいものだ。

 要は損得へのこだわりが極端に強い。


 ならばこちらは敵意ではなく対価を提示すればいい。

 この時点で争いは交渉となり、納得さえさせられれば円満な解決も望めるだろう。

 これは時に魔物とさえ成立する交渉術の一つだ。


「……確かに貴殿の言うことも一理ある。だがそれでも、貴殿のような冒険者くずれが払える金額に収まるとは思えんがな?」


「ではいくらでしょう?」


「フン、そうだな、私が見積もった所によれば――五千万ディラだ」


「ち、父上!? その値段は……!?」


「お前は黙っていろサシェ。今、私はこの男と交渉しているのだ。さてリアンとやら、この金額が貴殿に支払えるかな?」


 ふむ、五千万ディラときたか。


 確かに、あまりにも高額すぎて価値が実感しにくい。

 小規模の街一つ分くらいだろうか?

 この手の話には俺も疎いからイマイチ把握できないな。


 うーむ……ま、いいか。


「……いいでしょう、支払います」


「し、師匠まで!?」


「言ったな? ならばよかろう。ただし期日は10日後の昼まで、かつ現金支払いとさせてもらう。私も先行き暗い貴殿と長く付き合おうと思えるほど暇ではないのでな」


 ダンダルト候が部下を呼び寄せ、一つの紙束を寄越させる。

 さらにはペンですらすらと書き、「ピッ」と切り取った一枚の紙を俺に手渡してきた。


「受け取れ、これが契約書代わりだ。これに互いのサインと拇印を押せば契約は成立する。ただしこの国の法律にのっとり、領地売買に関しては契約の反故は許されんぞ? 覚えておくのだな」


 魔法の記帳紙か。

 表に書いた文字が裏にも印刷されるようになっている。

 どうやら即席の契約書として扱われるくらいには由緒正しい代物なようだ。


 俺も契約内容文を確認し、間違いがないとわかるとサインを記す。

 互いに拇印も押し、契約を締結させた。


「では受け取れリアンとやら。10日後を楽しみにしているぞ、フフフ」


 ダンダルト候はこう言い残すと、複製側の紙を俺に渡して馬車へと戻る。

 その馬車もすぐに出発し、ゆっくりと去っていった。


 馬車を見届ける中、サシェが不安そうに俺を見上げてくる。


「し、師匠は正気なのですか!? あんな大金、本当に払える訳がないでしょう!? だって五千万ディラといったら、中規模の街一つが軽く買える莫大な値段なのですよ!?」


「そ、そうだったのか? まぁなんとかなるだろう。なんともならんかもしれんが」


「えぇ~~~……」


 よく見れば家の方でも子どもたちが不安そうに覗き込んできている。

 今の話から自分たちが蔑ろにされているのがわかったのだろう。


「よくもまぁそう楽観的なことが言えたものだ」


「エルデ?」


 ふと声が聞こえて振り向くと、またエルデが傍にいつの間にか立っていた。

 しかも彼女も話をしっかり聞いていたらしい。


「だが心配するな。一つ願えば私自らが奴を焼き尽くしてやらんでもない」


「それだけは絶対に頼まないから安心しろ」


 しかしあまりにも殺意にまみれているので速攻で拒否してやった。

 ……で、どうしてそんなに物悲しいつぶらな瞳を向けるんだ?


「センセ、アタシらどうなっちゃうの?」


「そうだよ! オレ、まだ先生に色々教えてもらいたいんだ!」


「「「せんせー!」」」


 もう子どもたちも堪えきれなくなって外に出てきてしまった。

 だから足にしがみついてきた子の頭をそっと撫で、ニコリと笑顔を返す。


「なぁに心配するな、やるだけのことはやってみるさ。ま、少し家を空けることになるとは思うが、そこはサシェがいるから平気だろう」


「師匠……」


「そういう訳だ。じゃあ今日はさっさと昼飯を食べて終わらせてしまおうか!」


 無理矢理に場をまとめると、子どもたちの背中を押して家へと入る。

 まだ不安も拭えていないようだし、エルデも不満そうにしたままだが。


 そうして俺たちは昼食を済ませ、今日の習い事を終わらせた。

 子どもたちが帰るのを見送ると、俺も明日の出立に向けて準備を始めたのだった。

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