第19話 過去のトラウマ再び
人に物を教えていると、ときどき師匠のことを思い出す。
きちんと師事できているかという不安があるからだろうか。
しかしサシェを説き伏せることができたのは俺にとって大きな前進だった。
叶うならば、このまま正しく人を導ける存在になりたいものだ。
俺の全てを教えて送り出した勇者シウスと同じように。
「――というように、都会には魅力的な物が無数にある。しかし欲に溺れればいつかは自制が効かなくなって破滅に陥るだろう。だからこそ欲に打ち勝てる自制心を鍛える必要がある。それを特訓授業が兼ねている訳だ。要は我慢する心を鍛えろってことだな」
ただ子どもたちは育ち切った大人とは違い、教えなければならないことは常識も含めて大量にある。
だから座学の時間では読み書きだけでなく雑学も教えなければならない。
俺の今まで得てきた経験則や知識を動員して、子どもたちに失敗させないよう促すのが目的だ。
特にミーミルは新しいものに目が無い。
彼女みたいな子はすぐに欲に目がくらんで自滅してしまいかねないので、特に注意が必要だろう。
「師匠! 僕のような貴族出身でもその自制心は必要なのでしょうか!?」
「それを一般人出身の俺に聞くかぁ~?」
「す、すみません……」
「はは、冗談だ。まぁ必要だろうな。特に貴族なら、体裁を保つために堪えることなんて山ほどあるだろう。感情的にならず対応する、それが一流の貴族ってもんだと昔友人に聞いたよ」
「さすが師匠! 貴族の御友人がいるなんてすごいですね!」
「サシェ……一応は君も貴族なんだけど?」
サシェも懐いてからというものの、少し真っ直ぐになりすぎて不安に思うことがある。
まぁ教えやすいというのは助かるのだけど。
それにしても友人、か。
昔の友人たちは今も元気にしているだろうか?
機会があるならまた会いたいものだ。
「でもさセンセ、街で高級化粧品とか買いながら生活できている人もいるじゃん?」
「ま、何事も高望みをするなってことだ。欲しい物に執着して身を滅ぼしたら意味がない。だからこそ今のうちに常識や能力を学んで、より高い給与を得られる仕事に就くのも大切となるってことだ」
「農作業ばっかしてちゃ何もわかんないもんね」
「そういうこと。今の内に色々と経験しておいて、自分に合った技術を見つけておくのも大事なことだな」
「例えばオレの剣技とか!?」
「それはそうだが、まだそれが君の最適解とは決まった訳じゃないぞボルク君」
「いやーオレもう剣しか無いっすわ。剣に生きる! うん!」
ボルクはボルクで増長気味になってしまって将来が怖い。
それだけサシェに勝てたのが嬉しかったのだろうけど、調子に乗らせ過ぎてしまったようだ。
「剣ができても宿代が勘定できないなら冒険者にすらなれんぞ」
「エッ!?」
「それどころか最低限の知識がなければ村からも出さないからそのつもりでな」
「先生キビシィーーーッ!」
本当ならギルド職員にも手伝ってもらって冒険者の仕組みを教えたいのだが。
しかしあいにく、この村には冒険者ギルド支部そのものが無いので叶わない。
いつかは支部を置かせたいが、予算の無い現状ではまだ夢物語だろう。
願わくは近場にギルド直営銀行くらいは欲しいな。
……しかし、こう話し合うだけで村の問題点もがいくつも浮き彫りになる。
そうすれば次に話したいことも増え、問題解決にも動くことができる。
話題が尽きる気がしないな。
「さて、そろそろパンが焼き上がる頃合いだな。じゃあ座学はここで切り上げて昼食にでもしようか」
「「「はーい!」」」
しかしあいにく時間は有限。そして空腹も待ってはくれない。
そこで俺は惜しんで場を締め、子どもたちを我が家へと誘う。
そうすると子どもたちは自ら率先して石窯からパンを取り出し始めてくれていた。
最近は何でも率先して動いてくれるのでとても助かるな。
風物詩にしたい実に穏やかな光景だ。
「師匠! ちょっと来てください!」
でもどうやら今日だけはいつも通りとはいかないらしい。
声に気付いて家の外を覗き込むと、道の向こうより馬車がやってくるのが見えた。
「なんだ、あの馬車は? 造りからして貴族のもの、か?」
ひとまず子どもたちには昼食を続けるように伝え、家の外へ。
サシェやミーミルたちが不安そうに眺める中、馬車も俺の家の前で留まった。
黒塗りの馬車に飾られた金のエンブレムが輝く。
四翼を広げる鷹をあしらった紋章だ。
そんなエンブレムの付いた扉が開かれ、中からスーツ姿の紳士が現れた。
「君かね、この村で村民の子に勉学を教えている男というのは?」
静かに降りながら淡々と話し出し、俺を見つめてくる紳士。
表情からでは何も読み取れないくらいに無表情だ。
「ち、父上が……自ら!?」
そしてサシェの言葉でようやく気付かされた。
この紳士はサシェの父親、つまりダンダルト侯爵その人ということか。
「お前はサシェか。そうか」
「は、はい! 自分は――ウッ!?」
だが彼は俺が思っていたような紳士には程遠いようだ。
息子に訳も話さず突然の平手打ちなど、親のすることではない。
しかもサシェを蔑むように見下している。
あれはもはや親の顔とは言えないな。
「お前、村の子と決闘して負けたそうだな?」
「そ、それをどうして……!?」
「せっかく才綬の儀を受けさせたのにその体たらく。やはり下賤の血が混じればこんなものか」
「くっ……」
もしかしたら俺は立ち会ってはいけない所にいてしまったのかもしれん。
ただ良くも悪くも、侯爵はサシェにもう興味が無いらしい。
すぐに俺の方へと目を向けると、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
「もう
そんな手を掴み、握手を交わす。
サシェへの態度は気に入らないが、今は堪えなければな。
「……申し遅れました。自分はリアンと申します。元冒険者でパーティでは最前線役の戦士を担っておりました」
「ほう? なるほどな。その経験から武術を教えるのに適していたという訳か」
「はい、差し出がましいこととは承知しておりますが、この村の発展のためにも御助力した方が良いと思い、冒険者を引退してこの地に腰を下ろした次第です」
「そうか、老兵か。最近よく聞く話だ。冒険者にも高齢化の波が来ているとな」
「恥ずかしい話ですが、自分もそれが基でパーティから外れた経緯がありまして」
「使えなくなればそれも仕方なかろう。もちろん再雇用先のあった貴殿は話が別だが」
少し鼻につく物言いだが、それもまた事実。
生きる力を持つ冒険者ほど高齢化に悩む、悲しい現実だ。
俺もあと10年はシウスと共に戦えると思っていたのだがね。
「……すまなかったな、最近はそういう再雇用に恵まれず野盗に堕ちる老兵も多いと聞く。実に嘆かわしいことだ」
「そうだったのですね。私としても初耳です」
「まぁ、貴殿もそうならないとは限らないが」
「?」
なんだ、何が言いたいダンダルト侯爵?
俺を見上げて薄ら笑って、なにがおかしい?
「さて……貴殿には悪いが、今日よりこの学び舎を続けることを禁ずる」
……え?
彼はいったい何を言っているんだ?
発展することを止めろ、とでも言いたいのか?
領主とは思えない非情の発言。
この意味不明な一言を前に、俺は思考を止めざるを得なかったのだ。
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