第11話 元勇者の児童教育計画
この教本たちを預かってからもう四日が経つ。
朝にパンを焼いて配り、日中に読み漁り続けた。
なぜかエルデはぱったりと来なくなったが、おかげで集中できたものだ。
本は一通り目を通し、わからないこともそれほど無かった。
教えるにも口が止まることはきっと無いだろう……と思う。
しかしやはり不安は否めない。
だからか、どうにも落ち着かんな。
「――っといかん、パンを焼いていたことを忘れる所だった!」
香ばしい匂いが鼻孔にスンと触れ、途端に現実に呼び戻された。
悩んだあげくにパン作りまで失敗しては元も子もない。
慌てて鉄扉を開き、敷板を引っ張り出す。
そうするといつものもっちりとしたパンがずらりと現れた。
「うむ、今日もしっかり焼けているな! やるじゃないか!」
『オイシソウ ニオイ ダイスキ!』
精霊トカゲも嬉しそうだ。
纏う炎が以前よりも明るくなっている気がするな。
ご機嫌そうな精霊を眺めつつ、試しに焼き上がったパンを一つ口に運ぶ。
……うむ、美味しい! 今日もいい仕事しているじゃないか。
なんだか以前よりもふわりとしている気もするが、腕前が上がったのかな?
パンが思ったよりも美味しく焼けていて、思わず笑みが零れる。
さすがは俺の自信作であるペッツァーニパン。
改良を加えて包み焼きにしたのは正解だったようだ。
これならきっと子どもたちも喜んでくれるに違いない。
「すみませーん、お母さんにここに行けって言われたんですケドー」
「おっ!?」
噂をすれば影。
さっそく最初の訪問者がやってきたようだ。
振り向くと、玄関扉の枠に背を預けた少女が見えた。
少し大人びた風の、紫色の巻き髪っ子だ。
パンを配っている時に一度会った時がある。
確か名前は――
「おっ、ミーミルじゃん。お前も行けって言われたんだ?」
名前を思い出す前に、今度は男児らしい声が屋内に響いた。
そうして顔を覗かせたのは薄茶色いツンツン髪の男子。
「そうなんだよねー。でも朝ご飯もらえるっていう話だし、いいかなって。ボルクもどうせ同じ理由でしょ?」
「まぁーなっ! ここのおっさんのパンは美味いからよぉ!」
そう、二人はミーミルさんにボルク君だったな。
コナリア村の年長組の二人で、たしか共に13歳だったはず。
それにしても、率直な感想が実に嬉しい限りだ。
常々言われるようもっと努力したくなるな!
「二人ともずいぶんと早い到着だったな。でももう少し人が集まってから授業を始めたいから、今は好きな所に座って待っていてくれないか?」
「うぃーっす」
ボルク君の方は焼きたてのパンに気付いてもうソワソワしているようだ。
随分と気の早い少年だが、単純そうではある。
でもミーミルさんの方はまるで興味無さそうに髪を弄っている。
若干ませている感じは否めない。扱いが少し難しそうな雰囲気だ。
「こんにちはーっ!」
「あ、ボルクだー!」
そうこうしている内にさらに一人、また一人と子どもたちが集まってくる。
やはり村自体の規模が小さいのもあって顔見知りは多いらしい。
気付けばもう9人ほどに。
途端にワイワイと騒がしくなって、俺もなんだかワクワクしてきたんだが?
「たしか予定では全部で10人だったはずだが、もう少し待った方がいいか?」
「あ、そいつは多分来ないっすよ。愛想ない奴なんで」
「そ、そうか、じゃあ仕方ない。待たせるのも悪いし、さっそく朝食にしようか!」
「「「わーーーっ!」」」
号令とともに中央の机へ焼きたてパンを入れた籠をドサリと置く。
そうすると途端、子どもたちが無造作にパンを取って口に運び始めた。
もう行儀なんてあったもんじゃない。
微笑ましい光景には違いないのだが、つい苦笑が零れてしまった。
「慌てなくてもまだあるからな! それに食べ過ぎるとこの後が大変だぞぉ!」
しかしまだ慌てる必要はないだろう。
なにせまだ授業初日なのだから。
礼儀や作法なんてものは少しずつ教えていけばいいんだ。
「あ、あの」
そう思っていた矢先、ミーミルさんがいつの間にか俺の傍にいた。
一人パンも食べず、視線を逸らしてモジモジしてもいて。
「ん、なんだい?」
「オジサンはさ、都会から来たんでしょ?」
「ああ、そうだな。長いあいだ都市部を拠点に生活していた頃もあったよ」
「だったら都会人のたしなみとか、教えて欲しいんだよね。アタシ、いつか都会に行きたくて……」
そう話していると周りの子どもたちも気付き、こっちに視線を向けてくる。
やはり田舎暮らしとなると都会のことが気になって仕方がないようだ。
……それなら予定より早いが、最初の授業を始めてみるとしようか。
「そうだな、例えばだが……ここから比較的近くにある漁港街アルガスでは、恵みの歌をうたってから食事を始めるのが作法となっている。海神アルグェストを祀る神教の名残らしいが、信徒の少なくなった今でも海への敬意を忘れないために続けているのだそうだ」
「「「へぇ~……」」」
「他にも俺の生まれ育った国でも似たような風習がある。まぁようするに、食べ物に対して〝ありがとう〟って気持ちを伝えることが大事とされているんだな」
いざ話してみると、皆して感心したかのように口を開きながら聞いてくれている。
どうやらこのコナリア村にはそういった伝統も風習も伝わっていないようだ。
だからこそ、まず第一に教えなきゃいけないことがある。
「つまりだ……食べる前に〝いただきます!〟、この一言があればひとまずOKだ!」
「「「!!?」」」
最も簡単な作法を教え、にこやかスマイルとサムズアップを見せつける。
そうすると子どもたちも途端に笑顔になり、示し合わせて声を張り上げてくれた。
「「「イタダキマス!」」」
「よろしいっ! じゃあ皆っ、心行くまで食べてくれっ!」
初めてなのに声が揃ったのが良かったのか、誰しもが嬉しそうだ。
さっきまでモジモジしていたミーミルも笑顔でパンを食べ始めた。
皆して「美味しい!」と喜び、はしゃいで楽しそうにしている。
こんな様子を初日から見られた俺はきっと幸せ者だろうな。
――いや、本来ならこれが普通なことだ。
この村では「発展」よりも「持続」が優先されているに過ぎないだけで。
礼儀や作法より、畑仕事の仕方を覚えること。
何もできないなら仕事の邪魔にならないようにすること。
この子たちは皆、閉鎖的に教えられて育ってきたのだから。
村長もその現実に抗おうとしたが、既に年老いていたから実を結べなかった。
だから俺が代わりとして教師になって欲しいと願い出た。
つまりこれも人助けの一環と言えよう。
元勇者としては放ってはおけない話だよな。
「オジ――センセ」
「えっ?」
どうやら思い耽って夢中になっていたらしい。
呼ばれて気付くと、子どもたちは既に食事を終えていた。
「食べ終わった後も何か言うの?」
「ああ言うぞ。〝ごちそうさまでした!〟ってな!」
「「「ゴチソウサマデシタ!」」」
「おう、お粗末様でした! はははっ!」
不覚にも待たせてしまっていたようだ。
いかんいかん。
しかし思っていたよりずっと素直な子たちで良かったと思う。
だからこそ、彼らを預かった俺も身が引き締まる思いというものだ。
「では朝食を食べた後は運動をしよう。農家を継ぐにしろ都会に行くにしろ、体作りがまず資本だからな!」
そこで俺はそっと入口傍の棚を指差した。
差した先には予め用意しておいた木剣が何本も立てかけてある。
「あれって?」
「あれは剣術指南用に作った木剣だ。皆にはこれから剣術を学んでもらう」
「「「ええーーーーーーっ!?」」」
子どもたちの驚く姿に思わずニヤりとした笑みが零れてしまった。
彼らもまさか剣術を習うことになるとは夢にも思わなかったのだろう。
しかしこれが俺流。
まずは頭を使う前に冴えさせろ、ってね。
さぁて、ここからが元勇者による子どもたち教育計画の始まりだ!
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