第10話 努力の方向性

 昨日のペッツァーニはエルディオムに大好評で、試作品どころか失敗作さえも全て喰われてしまった。

 おまけに手持ちの食材もすっかり使い尽くし、もはやパン屋を開業するどころではない。


 しかし代わりに、龍の菜園の食材取り放題という契約を交わせた。

 これなら収穫期の間の食材にはもう事欠かないだろう。

 小麦も多少作っていたようで、なんとか次に繋げたぞ。


「あらまぁリアンさん、こんな朝に来て下さるなんてぇ~!」


「はは、新作パンの賞味依頼も兼ねて、ちょっと色々とお話したいことがありましてね」


「あらそう~! パンもお話も大歓迎よぉ~! あ、でもお花への水やりもあるからここでもいいかしら~?」


「ええ、もちろんです」


 そんな訳で今日もトマトペッツァーニを焼き上げ、まずは村長さんの下へ。

 でも今の村長さんは朝食よりも水やりに夢中なようだ。

 

 水滴が朝日を反射して瞬かせていて、花々がとても活き活きして見える。

 毎日の手入れを怠っていない証拠だ。愛情に溢れているな。


「昨日はパンを配れずに申し訳ない。ちょいと食材消費の加減を間違えてしまいまして」


「あら、本当に配るおつもりだったの? パンを焼いて届けてくれるなんてちょっと頑張りすぎだと思うのだけどぉ」


「そ、そうですかね?」


「そうよぉ。パンを食べたい人は家に来てください~ってくらいで丁度いいと思うわぁ。じゃないとリアンさんの負担が大き過ぎるもの」


「ええっ!? そういうものなのですか!?」


「もし将来的にパン屋さんを始めるのであれば、お店で待つスタンスの方がいいわよ絶対。じゃないとお客さんと擦れ違いになってしまいかねないもの」


「そうか……確かに、売り歩くパン屋なんて普通はいませんもんね」


 俺の頑張りすぎ、か。考えてもみなかったな。

 冒険者時代はどれだけ頑張っても足りないくらいだったし。


 しかしきっと村長さんのおっしゃったことが一般的なのだろう。

 俺の常識と一般常識は異なるのだと早く認識しなければな。


「そんなことよりも聞いたわよぉエルデさんとのこと! 昔からの知り合いだったなんてぇ! これはもう運命ね!」


「ちょ、なんでそのことを知っているんですか!?」


「そりゃコナリア村は小さいものぉ。噂なんてあっという間に広まるんですから!」


 あの話を聞いていたのはたしかロナーさんだけだったはず。

 だ、だとしたら冗談じゃないぞ!?


 実はあのマスター、お口が軽い人なんじゃ……?

 酒場の店主がそれでいいのかぁ!?


 ……しかしそれにしても村長さんの笑い方が実にあざとい。

 この調子だと、俺とエルディオムとの関係が歪曲されるのも時間の問題かもしれん。


「でもね、エルデさんは変な御方ですけど、悪いお人じゃないのは見ていてなんとなくわかりますのよ」


「ええまぁ、そこは俺も理解しているつもりです」


「ただ、3年ほど前にふらっと訪れて住み着いてからというものの、親しい人はもういらっしゃらなくて。だから心配だったのだけど、リアンさんがいてくれるならもう安心かもしれないわねぇ」


「そうでしたか。たしかに彼女は偏屈ですからね、人は選ぶかもしれません」


 ……でももう心配はいらないだろう。

 彼女の悩みも聞けて、和解も済んだのだ。

 あとはあの傲慢な性格をかわす知恵さえ身に付ければなんてことはない。


 エルディオムは今まで十分に苦しんできた。

 もう報われたっていいんだ。


「なら今度からは俺が間に入って仲を取り持ちます。それが彼女のためにも、村のためにもなると思いますから」


「……どうかよろしくお願いいたします。わたくしもできる限りのことは致しますから」


 きっと村長さんもエルディオムのことをずっと想ってくれていたのだろう。

 その悩みの種を取り除けるというのなら、俺は喜んで協力したいと思う。


 たかが冒険者上がりの俺だが、だからこそやれることもあるはずだしな。


 気概に溢れるまま、村長さんの小さな手と握手を交わす。

 もうお礼なんて必要は無い。期待してもらえるだけで充分だ。


 そう胸を躍らせたままにパンの小包を手渡し、立ち去ろうとしたのだが。


「あ、ちょっとお待ちになって!」


「うん?」


 手を離した途端、逆に腕を掴まれてしまった。

 なんだ、村長がいつになく真剣な表情だ。


「リアンさんってもしかして読み書きとかできたりします?」


「ええまぁ。標準語なら、ですが一般教養はあるつもりです」


「まぁ良かった! でしたらちょっと相談に乗ってくださらない?」


「えっ?」


 どうやら村長さんにとっては大事な話だったらしい。

 ジョウロを置いて水やりさえ中断。俺を引っ張って屋内に、中の一室へと連れ込まれた。

 ここは……書斎か?


「ただのパン屋さんでも良いのだけど、リアンさんの器量ならもしかしたらもっと素敵な役割が叶うかもしれないと思うの!」


 静かに見守る中、村長が何かしらの本をヒョイヒョイと手に取り運ぶ。

 気付けば俺の手には10冊以上の本がドサリと積まれていた。

 しかもいずれも普通の読み物ではない。


 これは人に学問を教えるための専門書、いわば教本だ。


「このコナリア村もね、以前はお店や色んな職業の人が集まる大きな村だったのよ。だけど気付けばどんどんと人も減って、今となってはもう農家と酒場くらい。皆この村が大好きで残ってくれてはいるけれど、きっとこのままでは長くは続かないでしょう」


「えっ……!?」


「その原因は知っての通り、村人の教養の低下。今では数を数えることもままならないし、子どもに文字を教えることもできませんの。これではいずれこの村の文化が廃れてしまいますわ」


「限界集落の波がすぐそこまで来ているってことか……」


「そう。しかし今の年老いたわたくしでは学問を教えることなんてもう叶いませんし、再興のために歩き回ることもできません。なんて情けないのでしょうね」


 ……そうか、だから等価交換が基本なのか。

 村人の教養が低いから、金銭よりも物々交換の方が単純で楽なんだ。


 価値より気持ち。

 なまじ優しいから、大きさや味だけで等価が成り立ってしまう。

 一見は穏やかだが、不幸の上で成立している悲しき風習だったのだろう。


「でもリアンさんなら、この村の行く末を変えられるかもしれません」


「俺が、コナリア村の未来を、変える?」


「何も全員に教えて欲しいとは言いません。ですが未来を担う子どもたちなら、今から学問を教えればきっと充分に間に合うでしょう。リアンさんには是非ともその役目を担っていただきたいのです」


 最後の本を、椅子の上に立ってポスリと重ねる。

 置かれたのは子ども向けの教科書だ。それも随分と年季が入った代物。


 これは村長さんの私物なのだろう。

 彼女の目指していたものが、この本一冊だけで充分に読み取れるかのようだ。


「これも今すぐとは言いません。ですがどうか村のためにも一役買って欲しい。それがこの老い先短い老婆の、たっての願いです」


「村長さん……」


 断る理由は無い。

 パン屋を目指す夢もいいが、別に人に教えながら焼くことだって不可能という訳ではないはずだから。


 ……ただ、強い懸念がある。

 俺が人に教えたことがあるのはせいぜい戦い方くらいだ。

 学問なんて人に教えられるかどうかすら怪しい。


「大丈夫です。リアンさんならきっとやれますわ。わたくしも色々とお教えいたしますし」


「助言は助かりますが、それでもできるかどうか。相手が子どもとなると俺の常識なんてまるで通じるとは思えませんから」


「そうねぇ、子どもたちってみんな何をしでかすかわかりませんものねぇ」


 そう、最たる懸念はそれだ。


 俺が教えられたのは相手が物わかりのいい大人ばかりだったから。

 しかし子どもとなればきちんと俺の話を聞いてくれるかどうか。


 それに、子どもというのは無邪気に見えてしっかり大人を見ているものだ。

 きっと教えるにしても一筋縄ではいかないだろうな。


 まだ〝とっておきの秘策〟とかがあればよいのだが。


「安心なさって! 実はわたくしにとっておきの秘策があるんですから!」


「んなっ!? 秘策あるんですかあ!?」


「ええもちろんよぉ!」


 こ、これは驚いた。

 村長さんには読心術の心得でもあるのかと疑ってしまったくらいだ。


 でも村長さんは明るく嬉しそうに微笑んでくれている。

 心は読めなくても、考えていることはお見通しなのだろうな。

 まったく、この人にはまだまだ勝てそうにない。




 こうして俺は教本を受け取り、そのまま帰宅した。

 村長自慢の秘策を教えてもらった上でだ。


 どうやらパン屋と教師は相性が最高に良かったらしい。

 故に、教えてもらった時は俺もついつい苦笑を浮かべずにはいられなかった。

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