第3節 契約の遺物“音の勾玉”
「へえ、忘却の海に行ったんだ。なかなか特別扱いされてるじゃん、君」
背後から声がして、思わず振り返る。そこにはフラウがいた。いつの間にか、まるで風のように現れていた。
「……どうして、ここに?」
「“記録保留対象”の動向は、一応ぼくの仕事のうちだから。見張り役ってやつ?まあ、見張ってるだけだけどね」
そう言って、彼は無邪気に笑う。けれど、その笑顔の奥にある“何か”を、わたしはもう感じ取れるようになっていた。
「ねえ、シズク。君、“記録”ってどうやって保存されてると思う?」
「え……紙に書かれるとか、そういうことじゃないんですか?」
「うん、そういうのもある。でも、ラストレアでは“音”に記録する方法が古くから使われてる。声、息、想い……そういう目に見えないものを、形にする魔法があるんだ」
そう言って、フラウは懐から小さな勾玉のようなものを取り出した。透明な瑠璃色。触れると微かに音が鳴るような気がする。
「これが、“音の勾玉”。記録巫女の一族に伝わる、古い記憶装置。声を封じ、想いを写し、名を繋ぐためのもの」
フラウはその勾玉を、そっと手のひらに乗せて見せた。
「これ、試してみる?」
「……わたしが?」
「うん。君の“今の声”を、ほんの少しだけ封じてみよう。ちゃんと記録できるか、試してみたい」
わたしは、ためらいながらもうなずいた。
「じゃあ、好きな言葉を。短くていいよ。君が、“今、この瞬間に言いたいこと”」
少し考えてから、わたしは言った。
「……ここに、いたい」
フラウは目を細めて、勾玉をわたしの口元に近づけた。言葉が、小さく、でも確かに響いた瞬間――勾玉の中に、光の粒が一つ、吸い込まれた。
「成功、だね。ちゃんと記録されてる。……その声は、君の“存在の証明”になる」
「声が、証明……?」
「この国では、名と契約は言葉で繋がってる。だから、“自分の言葉”ってすごく大事なんだよ。誰かが言わせた言葉じゃなくて、自分が選んで発した声」
彼の言葉は、どこか遠い記憶に触れるような響きを持っていた。
「声が、証明……?」
「この国では、名と契約は言葉で繋がってる。だから、“自分の言葉”ってすごく大事なんだよ。誰かが言わせた言葉じゃなくて、自分が選んで発した声」
わたしは勾玉の光を見ながら、ふと聞いてみた。
「……この世界の人たちって、みんな自分の声を記録するの?」
フラウが、一瞬だけまばたきをした。
「んー、そうだね。たいていの人は記録するよ。それが“存在の証”になるからね。忘れられないように、って」
「じゃあ、あなたも……自分の声、記録してる?」
その問いに、彼の手が止まった。
「ぼくの声はね、ちょっとだけ……危ないから。昔、一度だけ記録しようとしたことがあったんだけど、その勾玉、割れちゃったんだよ。音に耐えきれなくてさ」
軽く笑ってみせたその顔に、ふっと陰が差した。
「――ぼくの声は、名を壊す」
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