ソフィアと魔法と妖精と。

08

今日は学園合宿の日だった。毎年一年になると親睦を深めるために開催されるイベントだ。お昼は魔法実技や探索などの勉強をし、夜は肝試しやキャンプファイアーをする。学生にとっては勉強と遊びが両立できる嬉しいイベントだろう。

ソフィアは最初、参加する予定がなかったが、国王からフランセスの信頼を得るために行け、と言われたので仕方なく参加した。

今回の目的地は自然豊かな<フェアリー・ナイト>という観光地だ。自然はもちろん、森にはたくさんの魔草や奇妙な植物が植えられていて魔法使いにとっては充実した森と言える。

学年主任のハーナイツ先生が生徒達をぐるりと見渡す。

「今からは自由行動とする。遊んでも良いが、魔法の勉強は怠るなよー?森に行って狼にでも食われてろ。ー始め!」

ハーナイツ先生の最後の物騒な言葉を生徒達は全員スルーしてわあっ、と一斉に散らばっていく。皆が好きなことをする中、とある生徒達は集団で固まって先生と何かを話していた。ソフィアはそっと聞き耳を立てる。

「ーだから、この森には本当にーが出るんです!」

「そうは言ってもなぁ、見たことある奴らがお前達だけだと信憑性が低いんだよ。どうせ見間違いだろ?」

「見間違いなんかじゃありません!確かに見たんです!お姉ちゃんも見たって言ってました!」

「俺も見たんだよ!あれはー絶対に幽霊だ!!」

ーガサッ

「幽霊だと!?」

突如現れたソフィアに彼らは目を大きく見開いた。先生だけは分かっていたらしく、くすくすと笑っている。

「貴方は、ソフィア・レスティア様!確か、第一王女候補の…。」

女子の1人が言うと、他の人達はヒソヒソと話し始めた。きっと、ソフィアが変わり者だという噂を聞いていたのだろう。

「幽霊が出るというのはどういうことだ。詳しく聞かせろ。」

ソフィアがそう言うと、彼らはお互い顔を見合わせて黙り込んでしまう。話すのを躊躇っている様子だ。

「どうした?ーやっぱり、先生の言うように見た、というのは嘘なのか?」

ソフィアが煽るように言うと彼らはカッとしてソフィアを睨み付けた。

「嘘じゃない!」

「なら言えるだろ。」

ソフィアの正論にぐっと言葉を詰まらせた後、1人が渋々語りだした。

「…元々ここって廃墟地だったんだ。今はこんな感じだけど、昔は誰も近づかなかったくらい、暗い場所だった。そしてこの森には、ゆ、幽霊が出るという噂がある。」

「私たちは勿論冗談だと思ったわ。でも、姉が言ってたの。毎晩森の奥から奇妙な音が聞こえるって。」

「音?」

「ええ。その音は獣が爪を引っ掻くような音でずっと続いてるのよ。思いきって奥に入ってみたら、次の日には姉が行方不明になったの。」

「間違いない…。あれは幽霊の仕業だ。森の奥に入ったから、幽霊が怒ったんだ。」

先生はうんざりしたようにため息吐いている。

「ーとりあえず今夜試してみるか。」

ソフィアはボソッと呟いた。彼らは顔を上げてソフィアを見る。

「信じてくれるの?」

「勘違いするなよ。私は信じたわけではない。…ただの暇潰しだ。」


その日の夜。

ソフィアはこっそりと寮を抜け出して、外に出た。念のため黒いマントを被って顔を見せないようにする。扮装魔法を使えばいいが、夜に使うのは危険だ。暗くて姿が見えない。

「この森か…。」

ソフィアは歩いて数分で森に辿り着いた。

森にゆっくりと足を踏み入れる。

サク、サク…。

森の中はとても神秘的だった。昼はあんなに活発だった植物達も静かに眠っていて、夜行性の花はキラキラと光を放出していて足元を照らしてくれる。少し肌寒い。


ーキキッ

森の奥に入ろうとした時だった。何か音が聞こえた。うこれが昼に言っていた獣が爪を研ぐ音か。

ーキキッ ーキキッ

確かに音は鳴りやまない。一瞬コウモリかと思ったがコウモリにしては音がか細い。

「入るか。ー扉<ゲート>」

呪文「さを唱えると立ち塞がっていた大きな木達が二つに分かれた。

ソフィアはゆっくりと歩いて中に入っていく。

すると。

「えっ、ソフィア壌?」

「おや…。」

「はぁ?」

聞きなれた声がした。嫌な予感がして声の方向を振り向くと、ワンコ青年ーもといグレイトと腹黒青年フランセス、冷たい青年レオがいた。

ソフィアは無視を決め込もうとしたが、グレイトがキラキラした瞳で見つめてくるのでそうもいかない。

「何だ、お前達も幽霊に会おうとしているのか?」

ソフィアの投げやりな問いかけにレオは不愉快そうに眉をひそめた後、頷いた。

「幽霊を見た、というメルヘン脳な生徒達が多くて業務に差し支えるから直接この目で確かめることにしたんです。」

「すっげー数の証言者だよな。幽霊なんている訳ないのに。」

グレイトが笑いながら言う。

「いや、分からないぞ。もしかしたら本当に幽霊かも。」

ソフィアの言葉にレオが馬鹿にするように鼻で笑った。

「貴方もめでたい考えをするんですね。副生徒会長たるもの事実と幻想の見分けぐらいできなくては。」

「ー黙れ。何か近づいてくる。」

ソフィアが声を潜めた。

ーガサッ

『…ニンゲンのニオイガスル。』

低周波音のような声がどんどんこちらに近づいてくる。

「どういうことです…。」

「煩い。毒舌サイコパス野郎は黙ってろ。」ソフィアの暴言にレオは不快そうに顔を歪めた。

『…ニンゲン…ドコ…。』

「ーここだ。」

ソフィアは森の茂みから飛び出して声の持ち主の方に駆け寄った。

「…お前は、」

「ーーえ、まさか…。」他の人もそれぞれ姿を現す。

ーー声の正体は、妖精だった。

09

「…妖精?幽霊ではなく、ただの妖精だったと、」

レオが訝しげに言う。

「ただの妖精ではない。これは、ライトエルフだの夫婦だ。」

ソフィアが面白そうに呟く。

ライトエルフ。

ゲルマン神話に出てくるエルフで人間に友好的に接する。森や和泉に住むものとされており森の自然さと豊かさを司ると言われている。

「あの音はこいつらの受精を迎える音だったんだ。私たちは丁度子が生まれた瞬間に立ち会えた。」

ソフィアが珍しく少し優しげに言う。

『…アナタ、ニンゲン…?』

「ああ、…詳しくいえば魔法使いだが。」

「ソフィア壌、どういことか説明してくれませんか?なぜ妖精の受精だと分かったんです?」

ソフィアは深いため息を吐いてから語りだす。

「人間は体内受精といって卵巣から卵子が排卵され、卵子と精子が出会って受精するが、妖精の場合は、体外受精だ。卵子を一度外に取り出してもう一度身体に戻すという方法だ。」

「つまり、あの音は妖精の体外受精の真っ最中だったということですか。」

「ああ。そして今、丁度子が生まれた。妖精の受精する瞬間に巡り会えるなんて私達はとても幸運だな。滅多に見られないぞ」

ソフィアはそっとライトエルフのお腹に触れた。とても優しくて温かい温度が感じられる。

『…アナタ、スキ…。コ、ニヤサシクフレテクレタ…。イイヒト…。』

ライトエルフの夫婦はソフィアに跪く。

『…ワタシタチは、アナタにチュウセイヲチカイマス。』

「…いや、必要ない。」

ソフィアは首を横に振った。フランセス達驚いたように言う。

「なぜですか!妖精の加護なんて誰もが受けられる訳ではないのですよ!」

「王女候補に妖精の加護が与えられると色々有利動けるしな。」

「ソフィア壌の考えを聞かせてくれるかな?」

ソフィアは目を瞑って、ふ、と小さく息を吐いた。

「ー祝福<ブレス>」

ソフィアの唱えた言葉がエルフの夫婦2人の中に入り込んでいく。すると、エルフの夫婦は生まれた子を優しく抱きしめたまますぅっと消えていった。最後にこぼれ落ちたエルフの結晶にソフィアはそっとキスを落とした。


「………。」

静かになった森の中で、泉の水が優しく流れる音がする。

「いまのは、」

「妖精を還したんだ。あいつらはここにいるべきではない。」

妖精は人間の森には長くは住めない。空気や環境などもあるが、一番は争いに巻き込まれるかもしれないから。妖精の存在は珍しく、この国においてとても重宝されている。たまたま人間の森に迷って住み着いている妖精もいるが、ほとんどはエルフの森という空想上の森に生息している。

「いつまでも人間の森にて私に加護を与え続けているとエルフ存在に気づいた人が放っておかないだろ。それに私は加護なんてなくとも既に恵まれている。ーこの魔法にな。」

ソフィアの小さな後ろ姿に彼らは黙り込んだまま何も言えずにいた。

「ーさて、帰るぞ。もう朝方になる。先生にばれると反省文だ。」

ソフィアは彼らの横を通りすぎて足早ステップを踏みながら森の外へ向かった。

10 

次の日の朝。ソフィアはゆっくりと身体を起こした。結局、あの噂は何もなかったということで生徒達にはフランセスが伝えた。妖精のことは秘密にするべきだとソフィアが忠告したのを守ってくれたようだ。

ソフィアは制服を着て、一階へ向かった。集合の15分前だがソフィアには支度を待つ友達もいないので早めに現地へと向かう。

現地には、先にきていたらしいフランセスチームとハーナイツ先生がいた。昨日の夜のこともあってなるべく顔を会わせたくない。

だが、そんな希望も虚しく…。

「おっ、ソフィア壌!おはよ!」やはりグレイトに見つかってしまい、逃げる余地がなくたった。…こいつ、気配察知能力高すぎだろ。野生動物か何かかよ。

「…よう。」

「昨日のあれ凄かったな!妖精をー」

「だーー!それ以上言うな!」

ソフィアはあわてて彼の口を両手で塞いだ。「…おまえ、話聞いてたか?エルフのことは秘密って言っただろ。」

「すまない。ついうっかり…。それにしてもソフィア壌ってマジで凄いのな。」

「私が凄いのは知ってるから今更言わなくていいぞ。」

ソフィアの変わらない態度に、昨日いなかったリリアはやはりこいつは頭がおかしいと言うような目で彼女を見つめていた。

「…ソフィア壌」 

フランセスが口を開く。相変わらす何を考えているのか分からない表情でソフィアを見る。

「…昨日はお疲れ様でした。貴方には助けられましたね。今後は何かあれば僕が貴方を守ります。」

フランセスの言葉に、ソフィアだけでなくリリアとレオ、グレイトまでもが驚いている。

「フランセス様、どういうおつもりですか?何度も言っていますがこんな生意気な小娘に近づくのはおすすめしません!」

「そうですよぉ!こんなお子さまにフランセス様が気を遣う必要ないですぅ!」

レオとリリアの抗議も虚しく、フランセスはじっとソフィアだけを見つめている。

「昨日の貴方はなんだか雰囲気が違いました。うまく言えませんが、もう1人の貴方がいた…そう思うんです。」

「……。」

「別に僕は貴方を信用している訳ではありません。会って数日ですし、生徒会という共通点がなければ今頃は出会っていない。でも、だからこそ貴方を一番近くで見ていたいんです。貴方の存在が、この国にどんな影響を及ぼすのか、を。」

一見甘い台詞のように思えるが、要は監視だ。ソフィアという変わり者の存在を監視して自分に害があるかを見極める。害があれば王女候補でも関係なく容赦なく殺す。そんな意志さえ言葉から感じた。

「…なるほどな。監視というわけだ。」

ソフィアがニヤリと笑って見せると、フランセスはニコッと似非スマイルを浮かべた。

「良いだろう。私もお前を信じていないからな。お前のことを一番近くで見ていてやる。」

「ありがとうございます。」

とりあえず、信用は得たか分からないが、フランセスの脳内にしっかりと自分の存在を植え付けた。こいつの本性は分かっているが、それでも尚フランセスの全ては知らない。だから、知る必要がある。これからの学園生活で、フランセスの秘密を暴いてやる。そして、全てがひとつになった時はーーー。

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